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三虫記(記述療法、ポエム、売り込み)

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2007-11-11

何に対してもそうかもしれないけれど、音楽マクロミクロに見る、その両者をどう交差させるか、という話。動機は、何か音楽を作ること、そしてその意味を探ること。

マクロ=巨視は、対象を物性をもつ音楽存在として扱う。そこではジャーナルな区分が有効だ。例えばサザンロックとか、アシッドハウスとか、ハードバップとか、そういったジャンルの区別に沿う、というよりは逆に、実際当のジャーナル概念区別の根拠の一つが、音楽対象の聴覚印象だったりするのだから、沿って当たり前でもある。概括的な把握には概念の概括性の便宜が適当だ。とにかく、音楽音楽存在としてのおおまかな区分、それらの「音楽存在としての」歴史的変遷をそれとして、知識として持っていることは一つ重要だと考える。その際、そういった歴史の、その目的論とか、根拠とかについてはとりあえず別にしておいて問題ないと思う。というのは、そういった理念的な部分は、歴史ベクトルやら容貌やらを可能的に変えこそすれ、対象としての物性をもつ音楽存在の唯物的歴史には直接関係ないと考えるからである。ちなみに僕はあまりマクロな知識が無い。

ミクロ=微視は、マニアとか好事家的な側面もあるが、何によらず、個物の解釈、個別のパースペクティブ、問題意識が問題になる。例えば、大瀧詠一プロデュース金沢明子の「イエローサブマリン音頭」の意味の解釈、とか。解釈できませんが。ビートルズ意味パースペクティブとか、ラトルズのそれとか、領域の横断だったり、分散化とかまとめとかだったり。僕はビートルズは価値だと思う、それは時間を決定的に空間にした、絵にしたという意味で。音楽を作ることの意味は、今もなお価値としてのビートルズの元にある、と僕は言います。でもこれは、いやいやシャネルズが神!誰が何と言おうと神!と言うことと同価値だ。どちらにしても全ての解釈を解釈することは有限な人間には不可能であるはずなので、解釈の多様多元はそれ自体では問題にはならない。

ここまで書いて、マクロ/ミクロと分けたのは恣意的に過ぎたなと思ったが、まあいいや、一つの考えだし、と思い直しました。ともあれ、上記マクロミクロは往還的である。マクロミクロに網を張ることもあるし、逆にミクロマクロの機制を全く別様に塗り替えてしまう、ということもありうるだろう。この上で、改めて、「何か音楽を作ること、そしてその意味を探ること」がどういう意味を持つか、という話がスタートするかと思いますが、実に面倒くさいよね。

コミュニケーションについて、後期ウィトゲンシュタインクリプキ-柄谷あたりを読み直す。依然面白く読めるのだけれど、面白い、それだけになっちゃうのか。わからない。ネットで疲れるのはとても不本意だ。

2007-11-01

とりあえず、即興演奏もやはり作曲(的行為)とする。

すると、唯物的には

楽器の諸特性の規定+楽器身体化≒技術化の規定が全要素じゃないのかしら。

 

作曲的行為としての即興演奏ってのがもうすでにある志向を持っている。

 

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独立した作曲術、作曲理論、それらの本来的な志向性、

または、モードファッション、構造による限定性。

 

作曲(的行為)の価値史観

 

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ポピュラーミュージック神様は何度首を切り落とされても

その度生え変わる。作曲(的行為)は無限回廊で

時々ナンセンスになったり真面目になったり、相貌が様々。

 

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何かがわかることと、何かがわからないことは対極にないのじゃなかろうか。

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ウェブの文章をたくさん読む。みんなが内容もさまざま、たくさんたくさん喋っている、キーボードを叩いている。僕もぽつぽつそうしている。そういう行為が、想像の対象としてのそれらが、何か急におぞましいものに思えた。おぞましいという言い方が適当かどうか。実が無いのにあるようなふりをしてるな、意味が無いのにあるようなふりをしてるな、とかそういうことではなくて、とても単純に、それらの行為は営為は一体何なのだろう、とぽっかり空気が無くなった。意味が剥げ落ちた。

やりなおせるかしら。

2007-10-21

ネット-ウェブに裏も表もありません!

五感の対象ならそれは全部表です。何も隠されていません!

あたしの日記見ないでと、テクニカルロックされた

自分が言うからこそ間違いないです!

でも、第六感以上に目覚めている人にとってはこの限りでないです・・・

そしてそういう人がこの世には意外と多いということも

付記しておきます。

2007-10-19

・・・

こうして五平は

おらの著作物には著作権発生しないでくれと

日がな祈るようになったとさ。

2007-10-18

作曲と編曲の内的必然

・分業の合理、積極的なそれ

職業作曲家編曲家

・更に包括的な「プロデュース

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