2006-07-05
■ 「鏡の法則」礼賛と批判を見て思ったこと 
どこがソースか分からなかったので、Googleで最初に見つけた
http://angelcafe.hp.infoseek.co.jp/kagaminohousoku.html
で読んだ。
ブックーマークのコメントを読むと「感動した!」と賞賛する人と、それを「話が都合良すぎ」「うさんくさい」「宗教っぽい」と揶揄する人という構図になっているみたい。
自分は半分くらい読んだ所で「これってコーチングの例え話だよね」と思って、最後まで読んだら筆者の
というサイトが紹介されていたのでああやっぱりそうかと納得した。
この話は「いじめ問題をどうやって解決するか」ではなく、「子育てに悩む母親の心の負担をどうやって軽減するか」という話として捉えた方がいい。
「感動した!」「しねーよw」という構図は、上記のうち前者の枠の中だけで考えるからそういう批判になってしまう。
母親に対するコーチングの話だと考えると、目の前の問題に凝り固まった視点を逆転させる事で気付きを与えているという意味でB氏はうまくやっているし、紹介事例のひとつとしてはいいんじゃないかと思う。
ただ、話の流れが、「母親の心の負担が軽減された『から』いじめ問題が解決した」と因果関係があるように書かれてしまっているため、宗教っぽいといった批判が出ているのだと思う。
確かに「親の行いを正せば子供の不幸は取り除かれます」なんて言い方をされたら、何の宗教かと思ってしまう。そのあたり話のもっていきかたがよくないというのは否定できない。
あくまで、悩んでいる人が動き出せるようになるための支援の一例として考えるのがいいだろう。
あと、この話を「うさんくさい」とか「B氏は裏では云々」と口に出して言ってしまう人は、人を指導する資質が現時点では少し欠けていると思う。
頭で考えるのは自由だ。僕も頭のなかではそう思う。だけどそれを、何かの秘密を暴いたかのように誇らしげに語るのは余り建設的とは言えない。
相手を前向きにさせようとする行為は、どこかにわざとらしさを伴ってしまうものだ。少しのわざとらしさを噛み殺してもポジティブな空気を作ろうとするのが大事なんだと思う。
英会話学校のCMでよく出てくる「和気あいあい」な空気は、英語を覚えるという共通の目的を持つ人達が合意の上で作っているものだけど、それを責めるような人はいない。
あなたのとなりに悩みを抱えて前に進めなくなっている人がいたら、どうやって気付きを与えますか?あるいは、あなた自身が悩んで行き詰まってしまった時、どうやってそこから抜け出すきっかけを得ますか?この話はそれを得るためのヒントの一つと考えればいいんじゃないだろうか。
父親と会話するくだりは僕もちょっと泣けた。あれは仕方ないよ。誰だって親に言えなかった言葉のひとつやふたつはあるでしょ。
■ [国際][北朝鮮]北朝鮮ミサイル発射、日本経済制裁 
米朝交渉は端的に言うと、北朝鮮が日本を人質にアメリカの譲歩を狙うという構図だと思っている。*1 交渉の目が残っているうちは人質に手出しできないけど、どう転んでも交渉できないとなった時、人質は危険な立場に置かれる。
北朝鮮が生計を他国に依存しているという点が人質の例と少し違うけど、「他国」が日本である必要性が無ければ危険度は余り変わらない。
テポドンが日本まで届かなかったのが多少の救いかな。あれをもう1回組み立てて発射する体力が彼等に残っているとは考えにくいので、水際とテロを防げれば何とかなるかなと思う。
(追記)
勘違いしてた。ノドンも日本全土が射程内なのか。

自分より立場が下の者をいじめて楽しもうとする上司に、私は、鏡の法則を使って、上司に何か大切なことを気づかせようと挑戦している者です。
上司にいじわるされても、常にニコニコ、上司が部下に感謝しなければならないことをやり続けます。でも、絶対感謝するわけがない上司なんです。感謝すべき人に感謝の逆のことをすると、鏡の法則によって、何か問題が起こりだすだろう・・・とにらんでいます。
ところで、私も鏡の法則について記事を書いたのでトラックバックします。気が向いたら読んでください。