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2008-06-24

国歌が背負う業

| 22:23 | 国歌が背負う業 - あたまのなか のブックマークコメント


国歌斉唱


スポーツ政治は無縁だと強く思う。

ユーゴスラビアについては悲運ということばで

片付けるのはあまりにも惜しい、そして悔しい出来事だった。


とはいえ、その政治との関わり合いが強くでてしまうのが、

国歌斉唱である。


国歌はその国の歴史物語るものだ。

日本代表が歌う「君が代」についてたくさんの議論がなされているのも

おなじみである。

勝てば官軍とまではいかなくても、

敗戦国の国歌はいろいろと難しい。


同じ敗戦国であるイタリア国歌はどうだろうか。

陽気で歌う彼らの歌詞は実はものすごい。

イタリア国歌は「マメーリの賛歌」「イタリアの同胞」と呼ばれる。


イタリアの同胞よ。 Fratelli d'Italia

スキピオの兜 L'Italia s'è desta,

頭に戴きて Dell'elmo di Scipio

イタリアは覚醒せり。 S'è cinta la testa.

勝利の女神よ何処に坐すや。 Dov'è la Vittoria?

イタリアにその髪を捧げよ。 Le porga la chioma,

創造主ローマの僕として Ché schiava di Roma

そなたを創り給へるぞ。 Iddio la creò.


歩兵隊に参加せよ。 Stringiamoci a coorte

我らに死の覚悟あり、 Siam pronti alla morte

我らに死の覚悟あり! Siam pronti alla morte

イタリアは呼び招く。 L'Italia chiamò.

歩兵隊に参加せよ。 Stringiamoci a coorte

我らに死の覚悟あり、 Siam pronti alla morte

我らに死の覚悟あり! Siam pronti alla morte

イタリアは呼び招く、おお!L'Italia chiamò. Sì!

http://rasiel.web.infoseek.co.jp/mil/fratelli.htm

後半部分については繰り返し部となっていて、

2番の最後でも歌われるのが本来の形ではあるが、

サッカーの試合においては前半部分のみの演奏となっている。

歌詞の内容は殉国を賛美する傾向が強く、ファシスト党政権とその敗北を経験したイタリアの国内では、国歌としてふさわしいかどうかについて意見が分かれている模様で、サッカー国際試合などにおいては観客が高らかに大合唱する一方、著名な音楽家でも演奏や歌唱を拒否する者がいるという。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%A1%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%81%AE%E8%B3%9B%E6%AD%8C

というようにまぁいろいろとある。


さらに同じく敗戦国のドイツはどうかというと、

ドイツ人の歌」はもともとはオーストリア皇帝をたたえる歌だった。

また、1番はいろいろと問題のある歴史をたどったため使用禁止。

現在は3番が正式な国家となっている。

詳しくは

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%89%E3%82%A4%E3%83%84%E3%81%AE%E6%AD%8C:tiltle


なんだか暗い感じにしてしまったが、

サッカーを通じていろいろな世界をしることは非常に大事なことだ。

俺はヨーロッパ都市歴史クラブチームで覚えたし。

ASローマのエンブレムの由来 とか

ボルシアメンヘングランドバッハ メンヘングランドバッハってどこ?

とか。(正確にはメンヒェングランドバッハ


国歌でさらにいえばラ・マルセイエーズの歴史とかも面白い。

ナポレオンの時代から歌われてたとおもうと感慨深い。


普通サッカーを見つつ歴史勉強すれば、

サッカーで賢くなれる!?


ということで、まずは国内からサッカーを見に行こう。

今週末からJ再開。

soelのサッカー日記

国立熊谷日産スタジアムのどれかに行く予定。