2008-04-15
公平な第三者
その中で、
「人は他人と共感を経験することにより、
自分の中に公平な第三者を作り出す」
という部分になるほどと思った。
というかなんでこんな大事なことを
誰も教えてくれなかったのか。
ふと、他人との価値観にずれがあるとき、
俺だけが違うのかな?
と思うのだけど、
正確には俺の中の公平な第三者の基準が他人と異なる、
のが原因。
なぜ基準がことなるかといえば、
他人との共感の経験が異なるからである。
つまり、そだってきた環境がちがうから~♪
である。
あとは過失について、とか
善意の範囲を厳格に規定しないのはなぜか、とか
なかなか面白かった。
昔からこんなこと考えてるとはすげぇなあ、
とか思いつつ、
今現在この考え方がどう進んでるのかわからん。
まだまだ勉強することがあるね。
蛇足だけど、
ネガコメ論がどうのっていうのも、
この公平な第三者が関係しているように思える。
許せる許せないの判断はそういう意味ではきりがないけど、
今までの社会の慣例からいえば、
過失であっても起こる結果がネガティブであり、
多くの人が抱く公平な第三者が許せない場合には、
悪とされることが多いようである。
自分も嫌で、自分の見てきた多くの人も嫌がって、
結果的に自分の中の公平な第三者が嫌がるので、
だめ。
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