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2008-04-15

公平な第三者

| 17:38 | 公平な第三者 - あたまのなか のブックマークコメント

最近アダムスミスについての新書を読み終わった。

その中で、

「人は他人と共感を経験することにより、

自分の中に公平な第三者を作り出す」

という部分になるほどと思った。


というかなんでこんな大事なことを

誰も教えてくれなかったのか。

それともこれは常識的な概念なのかな。


ふと、他人との価値観にずれがあるとき、

俺だけが違うのかな?

と思うのだけど、

正確には俺の中の公平な第三者の基準が他人と異なる、

のが原因。

なぜ基準がことなるかといえば、

他人との共感の経験が異なるからである。

つまり、そだってきた環境がちがうから~♪

である。


あとは過失について、とか

善意の範囲を厳格に規定しないのはなぜか、とか

なかなか面白かった。


昔からこんなこと考えてるとはすげぇなあ、

とか思いつつ、

現在この考え方がどう進んでるのかわからん。

まだまだ勉強することがあるね。


蛇足だけど、

ネガコメ論がどうのっていうのも、

この公平な第三者が関係しているように思える。

許せる許せないの判断はそういう意味ではきりがないけど、

今までの社会の慣例からいえば、

過失であっても起こる結果がネガティブであり、

多くの人が抱く公平な第三者が許せない場合には、

悪とされることが多いようである。

そこには理屈とか関係なく、

自分も嫌で、自分の見てきた多くの人も嫌がって、

結果的に自分の中の公平な第三者が嫌がるので、

だめ。