2007-02-24
■ 努力する才能、なんて言葉もありますけど

努力家は、努力では埋められないものにコンプレックスを抱く。絶対に追いつけないのが悔しいから。
怠け者は、努力をすれば何とかなりうる/なりえたものにコンプレックスを抱く。才能の違いは諦めがつくし言い訳もできるけれど、努力レースからは降りることが出来ないから。
絶望からのコンプレックスと、焦燥と自責が裏返ったコンプレックス。
やれなかったのか、やらなかったのか。できないのか、しないのか。
■ はコつ『モラルラフラフラ』

はてなブックマーク - 断片部 - Wake Up To 鬱蒼 - モラルラフラフラ
自分的に衝撃なので問いかけまくってますけど、スルーされても全然オッケオッケなので。
2007年02月22日 suVene referred, 善悪 「間違う」ことと、「解釈が違うこと」は全く別だとは思うけど。/『意味不明理解不能』ではないですよ。だから、次回以降配慮するという結論なので。/同じ日本国内でも、環境や価値観はとても様々だと思います。
発言者の意図と違う解釈をした、というのは、発言者の意を酌めなかった、という点で間違いと言えるのではないでしょうか。私は多分、そう受け取ってしまう。『発言者の意図と違う解釈』は、『曲解』と呼ばれるものとは違うのでしょうか。悪意ある曲解と天然の曲解ではまた別かもしれませんが、どちらも決して推奨されるものではない、と思っていました。
そもそも、発言者の言いたい事を出来るだけ正確に理解するべきである、という前提も違うのでしょうか。前提の理由は多分、意図と違う解釈をされると人は不愉快に感じてしまうので、誰かを不愉快にするべきではないから(そして対話もスムーズにいかないから)、正確な理解を心がけるべき、ということ。
意味不明理解不能、というのは言葉が強かったかもしれません、すいません。でも、laddertothemoonさんに説明されるまで、「私が言いたかったのはそういうことじゃない」という指摘に凹む、という反応を予想もしなかった、そして説明ナシで反応だけ返された時点では何に凹んでいるのかも分からなかった、ということについては、ついそんな言葉を使ってしまうくらい意外なのでした。あと、suVeneさん以外のモヒカニックな方々に、「何で凹んでんの? 全然分からないんだけど?」という傾向が見える、というのも含めた言葉選びをしちゃってました。
確かに環境も価値観も様々ではあるでしょうけどもー。テレビのリモコンを「ガチャガチャ」と呼ぶか「ピコピコ」と呼ぶか「ピッピ」と呼ぶか、なんかとはレベルの違うギャップを感じるのです。本当にプライベートな所に踏み込んでしまうのですが、私が元エントリで書いたような『道徳』を教えられた/感じたことはなかったのでしょうか。まるで「躾がなってない!」なんて言ってるみたいで角が立ちそうな聞き方ですけど、純粋に疑問なのです。
2007年02月22日 otsune otsune 論理的にはそれが一番もっともらしい説かな。そんな「基本道徳」が国民の統一コンセンサスだというのは初耳です >私が基本道徳だと思っていた物は全く道徳ではなく、偏った教育を受け
MAJIDE!? どこ? 私の持っている『基本道徳*1』のどこが初耳なんですか!? 小学校で基本的に教えられるのは楷書ではなく草書、と言われたくらい衝撃なんですが!
各々の道徳は見覚えがあるけど「統一されている」の部分がそんなわけないだろ、ってことなのでしょうか。
2007年02月22日 kanose コミュニケーション suVene さんんが言うように「間違う」と「解釈が違う」は別物だと思う
やはり、「発言者の意図と違う解釈」と「曲解」は違うのですか、「曲解」は「間違い」ではないのですか、という疑問。
もちろん、自由な解釈を是とする教育もある程度は受けました。例えば、タイトルを知らせず『子犬のワルツ』を聴かせて、何をイメージしたか言う、とか*2。でも、意見などについては、意図と違う解釈をするのは良いことではない、とされてると思ってきたのですが。
2007年02月22日 NOV1975 communication ↓でも解釈が違うといわれて間違いといわれていると違う解釈をする人は多い罠。僕は指摘をするというのは対話可能性があると認識しているということであるから、逆にスルーするのは話にならない表明だと思い悲しい。
これはかなり極端で、かつただの思いつきなのですけども。(私の考える)一般的には、単純同意以外の対話は、それほど望まれていないのかもしれません。儀礼的無関心、とかの話に踏み込んじゃうのかもしれませんが。同意or儀礼的無関心が、『和をもって尊しとなす』な社会では望まれているのかな、とか。とりあえず頷いとけよ文化、ってないですか?
2007年02月24日 ch1248 人間交際, Web, 論, *clip ここの『基本道徳』は俺も常識だと思ってます。少なくともモヒカンっぽい人を見るまでは全員に通用した。
そうですよね! と凄い勢いで喰い付こうとして、同意を欲しがっていた自分を目の当たりにして多少凹む。
■ はコつ『匿名とかについてのはコつ』

2007年02月21日 zonia コミュニケーション, 議論と対話, 顕名と匿名 んんー、とりあえず思ったのは、匿名だと真剣さが伝わりにくい・見えにくい、ということではないかな。/何の話題についての「はコつ」なのか書いたほうがわかりやすいかなーとも。
- 「真剣さが伝わりにくい」への同意を求める*3疑問文「○○だと思わない? 思うでしょ?」
- 「真剣さが伝わりにくい」ということの否定。「○○ではないな、少なくとも」
どちらでしょう。日本語ムズイ。
匿名だと真剣さが伝わらない、と言われるとちょっと違う気もしますが、合ってると言えば合ってるような、うーん。実名を出す、というのは、「自分はマジだぜ」というのを示すために使える、相当強いカードだと思うのです。そのカードを使わないからって、真剣さを示すカードが他にないというわけではない。でも使わない分、使う時に比べれば多少示しにくい。そんなイメージ。
後半はその通りなので参考にさせてもらいます。ありがとうございまする。
■ 超人たちの憂鬱

高学歴でもイケメンでも金持ちでも有名人でもなんでも良いですが、私などからすると、そういう『持てる方々』は貴族も同様です。なので、やっかんだり疎んだり萎縮したり、とにかく平静では付き合えません。それはもうそういうもので、自分ではどうしようもありません*4。逆に、私も、凄く些細ですがやっかまれたことがあります。
別に、私が極端に嫉妬心が強いのでも、優れているのでもないはずです。多かれ少なかれ、誰だってやっかんだ経験とやっかまれた経験があるでしょう。上には上がいるのと同様、下には下がいるのです。どんな分野・立場の人だって、上に対する劣等感と下からのやっかみからは逃れられないと思います*5。だから、世の中には、王様が乞食になったり、王女様が新聞記者とローマを走り回ったり、青の姫様がぽややんをカダヤにしたりするお話が沢山あるんじゃないでしょうか。
なので、そういう世の中に溢れる貴族の方たちは、身分を隠したり下々の視線に耐えたりしながら「ラフィールと呼ぶがよい!」と言える貴重な機会を大事にして、強く正しく美しくノブレス・オブリージュを果たしていって欲しいものです。前も似たようなこと書いたな。
「じゃあ、なんで……」思わず脚がとまる。にわか
伯爵公子 は巨大な特権を知らずに手にして、どうやらそれを喪おうとしているらしい。「ラフィールと呼べなんて……。初対面のぼくに?」「名を問われたのは初めてだったんだ」ラフィールも脚をとめ、しかし前をむいたまま、「
皇帝 の孫というのは有名人らしく、みなが顔と名を承知してるんだ。名乗らなくても、『王女殿下 』と呼びかけてくる。よほど親しい相手にとっても、わたしは『殿下 』だ。生まれたときからずっとそうだったから、とくに気にもとめなかった。けれど、修技館 で生徒たちが称号 抜きの名前で呼び合うのをちょっぴり――ほんのちょっぴりだぞ――羨ましく感じていた。わたしといっしょだと、みんなあまりくつろげないらしい、と気づいてからは、なおさらだった」「ごめん、ぼくは……」ジントは自分の犯した罪の大きさに愕然とした。せっかく差しのべられた好意の手をはねつけ、彼女の心を傷つけてしまった。