2007-02-02
■ 新ジャンル「愚痴少女」

「話し合いの時とかに、周囲が議論していると余計聞きっぱなしになる人っているんですよ。最後まで黙りっぱなしならそれはそれで良いんですけど、沈黙が落ちた時に、ポツリポツリと喋りだすような人もいて。えてしてそういう人って、話が望ましくない方に向かってることに鬱憤をためてるのか、いざ喋りだした時はやたら攻撃的だったり卓袱台返しなことを言ったりするんですよね。それなら元々黙ってないで、そのことについて議論されていたタイミングで意見を言えばいいのに。自分はこれまで我慢してた、みたいな風に言われても、知ったことじゃないんです。口に出さない意見はないのと一緒なんです。素敵で優しい議長さんがいれば尋ねてくれるかもしれませんけど、そんなこと期待しないでほしいです。話し合いなんですから、思ったことは口に出す、口に出さないなら不満に思わない、それが話し合いのルールじゃないですか。勝手な我慢なんて、本当に勝手ですよ。でもそれを直接言ったりすると、『……じゃあ、良いです。自分がバカだったみたいです』なんて、これ見よがしに卑屈なことを言って口を噤むんですが、全然『良くない』オーラを振り撒いていてたりして、本当に対処に困ります。もう意見って言うより愚痴ですよ愚痴」
「今のお前のことか」
「……だって。他の人たちは、そういう人の言葉に本当に反省してるみたいで。こんな、空気を壊すようなこと言ったら、嫌われるし……」
■ 自戒

あなたが他人の気持ちをよく理解できると思っているのは、何でもかんでもあなたの文脈と貴方の言葉で言い換えられるということに過ぎない。その言い換えの妥当性とは無関係に。
■ Re-イズム

人と話さないと、会話のリズムの上で面白いことを言う能力が退化する。一人になってから気のきいた切り返しを思いついたって役に立ちませーん。メッセやチャットで凄い面白いことをポンポン言えてもダメなんだよ、リアルの場合はね。
■ つりりんのことかー

一週間くらい前までululunさんのことほとんど意識してなかったんですけど、閉鎖とかの騒ぎで存在を意識するようになりました。過去の言説とかは全然見てないんですけど、勝手に自己投影とかもしてます。で、何か適当にこんな感じの展開と心理だったのかなあ、みたいのを妄想してみました。なかば、私がululunさんだったらこんな風に感じるだろう、みたいな物なので心理分析とは程遠いです。てかそもそも、周囲の人がこういう対応をしたのかも全く調べてないですし。うろ覚えバカ歴史年表以下の信頼度として見てね☆
- 素で記事を書いたら釣りと思われる
- 悔しい、悲しい、嬉しい、色々な感情が沸く
- どうせだから狙って釣り記事(というかネタ記事)を書く
- 完全に釣り師認定される
- 釣り記事を釣りと言われるのは喜ばしいが、マジ記事も釣りと言われるのは苛々。まして存在そのものが釣り扱いされるのは超苛々
- マジ記事を釣りとした言説にマジ反論
- 相手(と周囲)は釣りと思ってるから釣り反論をされたとしての対応をされる
- 傷付く
- 多少意固地にもなりつつ、あくまで真剣に反論
- やっぱり釣りと見られる+意固地になった部分を見抜かれ弄られる
- 横から釣り記事に対してマジ批判される
- それは釣りだったからマジにならないで、と宥める
- マジ記事を釣り認定してた人たちが『じゃあ俺らの釣り認定にもマジに反論しないでよね?』
- 釣り師として開き直ろうとする
- 根がマジメなので限界がきて素に戻る
- 釣り師として開き直ろうとした時の言説は消えず、マジ時の評価を歪める
- 『マジ記事を釣りとして弄る人』『マジ記事をマジに批判する人』『釣り記事を釣りとして弄る人』『釣り記事にマジ批判する人』『開き直ったことへの批判』その他に包囲される
- 可能な限り空気を読もうとしてそれぞれにマジ釣り織り交ぜ対応
- 対応の仕方がマジ釣り混ざってることに対する批判も加わる
- しっちゃかめっちゃかですわー
- そして伝説へ……。
えーと、それとー。肯定的な書き方からも分かるように私はおおむねululunさんの言動が好きですけど、ワンワード不快は*1良いことじゃあねーっすね。ましてはてなちゃんのパンツが消えただとパンツ見せろパンツパンツ。不快の一言で削除する作者さんの感じやすさも大概だなあと思いましたけど(私はワガママなので、見たかった物が消されてたりすると、消したのが作者さん自身だとしても「消すなよ!」と思ってしまう。関係ないけどサイト閉鎖とかでも同じだ。見せてよ!)。
しかし見づらいですね。こういう文章を見やすく書くにはどういう手法をとれば良いのでしょう。
※追記)zoniaさんのはてブ意見に従ってとりあえず箇条書き。
■ 頑固親父に認められる恍惚

http://fragments.g.hatena.ne.jp/sennji/20070119
怖い人に嫌われたくないから媚を売る、という受け身な嫌われたくない理論だけじゃないと思います。困難に挑戦したくなるような欲求。攻略が簡単なヒロインよりも、藤崎詩織を落としたくなる、的な。
口が悪い人間は見る目があるような気がするの。だって、見る目があってよっぽど自分の評価に確信がなければボロクソに言えないじゃない*2。見る目のある人には気に入られたいじゃない。その分私の価値が高まるじゃない。口が悪い人に好かれるってことは、気難しい人間の心を動かす価値が自分にある、ってことになるじゃない。選ばれた一握りの人間なわけよ。ハッピー。
相手の選択基準によっぽどの不満があるんでなければ、選び取られたいと思ってしまう、これもヒトのサガか……。選択基準に対するよっぽどの不満ってのが、sennjiさんの文章でいう『おかしいと言い張れる明確な根拠』ですね。
特定一人の価値観の中で自分が上位に位置したからといって、それ以下に評価されたものより普遍的に優れている、価値がある、ということにはならない、みたいな議論はひとまず省略。実際に優れているかどうかではなくて、優れているように思い込める*3ってのがこの場合重要なのです。
■ トラバーYOU

下の記事で、リンクしてるのにトラバしないのは、今まで接触のない知らない人相手にトラバするのが怖恥ずかしいとかじゃなくて*4、私の記事の中にnitinoさんの書いた文への直接な言及はおっぱいを除いて全く含まれてなかったからで*5、じゃあリンクもしなけりゃ良いじゃんと言われそうだけど向こうの記事が契機となって下記事みたいな事を考えたのは確か*6だしその事実を書き残しておきたかったわけで、こういうのを表現する良い言葉ってなかったかなあと探してたらインスパイアがピッタリじゃないかと思ったんだけどすっかりインスパイヤにパクリの意味が定着しちゃってておのれエイベックスめDo As Infinityも解散させやがっておのれおのれ。
普通にトラバってた。おのれはてなめおのれおのれ。
■ ジーザスクライストスーパースター

http://fragments.g.hatena.ne.jp/nitino/20070126/p1
http://fragments.g.hatena.ne.jp/nitino/20070202/p1
救済者願望は救済者願望であって、救済願望ではないのです。自分が救済者になれさえすれば、対象が救済されたか否か、なんてのはどうでも良いのです。
恋をしたいのであって、恋してるのではない。
作家という存在になりたいのであって、書きたいことがあるのではない。
世界征服した魔王になりたいのであって、世界を征服したいのではない。
私は即物的なんで、救済者願望持ちでも救済願望持ちでもおっぱい触らせてくれりゃありがたいですし、恋に恋した美形に告白されたら嬉しいですし、作家に憧れた人の作品でも面白ければ良いです。魔王の場合は変にポリシーとか持たないでくれた方がむしろ良いかも。
でも救済者願望持ちは、しばしば女嫌いにもおっぱいを押し付けるような行為に走るからアレに見られるんじゃないのー。星界シリーズで言う所の『積極的な善人』みたいな。共依存関係は良く分からない。愛欲に爛れた日々とか憧れる。起きるヤる食べるヤる食べるヤる寝るヤる起きるヤる、みたいな生活してー。生産性なんてどうでも良いじゃない。
エントリュアの見るところ、善人には二種類あった。消極的な善人と積極的な善人と。前者は感謝されるが、後者は自分以外のだれも満足させない。
積極的な善人の特徴は、つつがなく暮らしている人の問題点を指摘する、という点にある。指摘されたほうは問題があるとは夢にも知らなかったので、うろたえてしまう。狼狽しているあいだに、積極的な善人は問題を解決することに手を貸す。手を貸されたほうが正気をとりもどしたころには、たいてい助けられる前より不幸になっている。
まあ、救済願望も救済者願望も親切もお節介もまとめて『救済者願望』と呼ばれがちなだけで、どう呼ばれても尊敬に値する人はいると思いますけど。善行を片っ端から偽善呼ばわりすりゃあ良いってもんじゃねーぞ。ていうかそもそもただの言葉遊びにすぎない。『者』の一文字にどれだけの力があるってんだ。凄い力があるか、そうだな。
ところで救済者願望と救世主願望って違うんでしょうか、同じなんでしょうか。