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2010-02-11

中学受験にまつわる思い出 中学受験にまつわる思い出 - 何かを受信しました を含むブックマーク 中学受験にまつわる思い出 - 何かを受信しました のブックマークコメント

小学生のころの私は無駄勉強が出来た。

特別に塾にも行っていなかったけども、小学1年のときに小学4年の兄の宿題を代わりに解けるレベルだった。単に、好奇心旺盛な子どもで、自宅には本がやたらにあったから自分が興味を持ったことにはアクセスできて、さらに記憶力が良かったんだと思う。

当時、うちの兄はいじめられていた。公立中学にみんなと一緒に行きたくないという一心で自分中学受験を決めた。彼は学力が高くない上に、家の親は「小学生が無理に塾にいってまで勉強するのはよくない」という考えだったにもかかわらず、たった一人で血のにじむような受験勉強をして、そこそこの伝統校に合格してしまった。(今も、彼は「受験」と名がつくものに対しては抜群の集中力を発揮する)

で、兄の進学した自由な校風学校がうらやましく、私も中学受験をして私立に行こう!と心に決め、小学4年のときにはじめて進学塾の統一テストを受けたら、なぜか全国ランキングに載ってしまう成績で、県内ではベストテンに入った。その翌週の全校朝会の後、同じ学年の優等生男子軍団が集まってきて「なあなあ、あれお前なん?」とか大変だった。

そのような華々しい中学受験業界デビューを果たしたにも関わらず、結局、私は中学受験を断念し、学校勉強をする意欲をさっぱりなくすに至った。そのわけは出身地特有の事情がからむ。

私は明石市出身なんだけど、あのあたりは基本的に男子中学受験熱は高い。近くに灘、甲陽、六甲という名門校がそろっているというのもあるけれど、当時、明石市全域において高校が総合選抜制で「公立の進学校」というものが存在しなかったというのが大きい。

これはどういう仕組みかというと、明石では公立高校全校統一の入試がある。その合格者たちは各高校の学力レベルが均等になるように割り振られる。その結果として市内の高校のすべてが「年間1人奇跡的に京大東大合格できたら御の字、下位20%ぐらいは就職クラス」といった地方中位校となる。当然、多少勉強のできる子どもはなんとか頑張って中学のうちから私学に入る。そういうこともあって、明石では特に中学受験熱が超オーバーヒートしていたというわけ。

ところが、それは男子だけで、女子となると事情が違う。東京で言うところの桜蔭や女子学院といった女子の進学校兵庫には存在しない。当時は存在しなかった。あんなにたくさん有名な私学の女子校があるのに、神戸女学院神戸山手松陰、どこも、いわゆる「お嬢様」が通う学校で、進学先の上位を系列女子大が占めるような学校だ。さらに共学の進学校も当時はなかったと記憶している。

正確には、姫路の白稜は共学で、選択肢として存在はしたが、あそこは前時代的な校則の厳しさで有名で、さすがにそれはありえないと思った。だって男子丸刈り、女子はおかっぱか三つ編み、「休みの日に外出するときにも制服着用」とかそんな校則だったし。(まあ、今はもうちょっとゆるくなってるかもしれないし、たぶんあのへんにも共学の進学校ができてると思います。あくまで25年以上前お話です。)

その事実を知ったとき、本当に自分はショックを受けたしびっくりした。模擬試験では灘とか甲陽を目指してる男子に勝てるぐらいのスコアをたたき出してるのに、女子だからという理由だけで目指すべき学校がない。公立の進学コースというものも存在しない。

そこで小学生自分は「女子が突出して勉強が出来ても誰も喜ばない」というメッセージ社会から受け取ってしまった。確かに、それまでも自分勉強ができることが大人から喜ばれたことはほとんどなく「普通でいいのに」って視線で見られてたように思う。学校先生からは、いちいち間違いや説明の足りないところに突っ込みを入れる嫌な子供だったようだし、親も、テストの点がいいからと喜ぶでもなかった。むしろ何かに熱中したら他のことが聞こえなくなるとか、ご飯も食べずに調べ物をしてるとか、そういう生活態度を「だらしない」と叱られることのほうが多かった。

絶望して荒れ気味になった私に「周囲の環境がどうあれ勉強するのは自分自分勉強して公立で学年1位になればいい」とか言う人もいたけど、そうやっていったん「勉強なんかするな」というメッセージを受け取ってしまってしまっていたから、それは非常に嘘くさく聞こえた。実際、当時は「ヤンキーブーム」でもあり、公立の学校では確実に勉強のできる子よりヤンキースポーツのできる子のほうがヒエラルキーが上だった。

なので、そこからは、もうなんかどうでもよくなってしまった。まあ、それまでだって特に勉強しなくても勉強はできてたので、美術部で等身大ベニア板に裸婦描いて錐を投げて刺す遊びとかやってた。中二ですからね。あとは大富豪にもはまってたかな。そしたら、ちょうど自分の入学する年度に、公立高校にも進学コース的なものが設立された。英語コースと理数コースがあって、当時よくあった「英語を活かして海外活躍したいです!」みたいなこと言ってるバイリンギャル死語)が好きじゃなかったので、消去法+男子が多いからモテるだろうという下心で理数コースのほうに入学した。確か入学したときの実力テストでも校内2位とかそんなのだったからやたらに期待されたけど、結局そのまま特に勉強もせずに、授業中はホモ小説を書いて他のクラス女の子と回し読みしたりしてた。モテなかった。成績はそれなりに下がったけど、なんとか適当京大じゃない京都理系大学合格した。その時点でようやく自分の適性が理数方面ではないことに気がついた。もともと勉強する習慣自体もなかったから、授業がさっぱり意味不明学校行かなくなったり留年したりで今に至るわけです。まあ、それは本当にどうでもいい。

今、自分東京を離れたくないと思うのは、子どもにとって選択肢が一番多い環境であるということが大きい。私みたいなアホな絶望感はできれば味わってほしくないと思う。あと、次に強く思っているのは、何かに子どもが熱中したり能力を持っていたりするなら、親の目からみてそれがくだらないと思っても、それは喜んでやらないといけない。そういうことです。

中学受験関係のエントリーを読んでそういうことを思い出したので長くなりましたが書き留めておきます。

まあ、今でも自分男子で灘とかに入ってたらどうなったんだろうとはたまに思いますが、別に勉強が好きなわけではなく、単に好奇心が旺盛で情報収集能力リソースに恵まれてて記憶力がいいというだけの能力なので、たぶんどっかで好奇心の方向が横道にそれて中島らも的にドロップアウトしてたと思いますし、そう考えると結果はそんなに変わらないですね。