one two three four five six seven
all good children go to heaven
2007-12-22
■ 数学について

『無限と連続』『無限の果てに何があるか』『無限のパラドクス』と三冊読んだ。今更だけど、数学って芸術とか宗教と同じなんだな、と自分の中で勝手に納得した。
数学は、物理や化学や生物とは違って自然科学ではない(ということもよくわかってなかった)。数学の世界は自然にあるものを映し出しているのではなくて、それは人間の頭の中の概念の世界だ。1とか2とかいう純粋な数とか、純粋な直線とか、もちろんゼロとかマイナスなんていうものは、自然界には存在しない。でも人間の頭の中にはイメージとして存在する。存在できる。数学とはそういったイメージの世界の話なんだな。
それは、芸術作品に描かれる世界がこの世には存在しないのと似ていると思う。この世にもともとは存在しない音や色や線が何故人間の心を揺さぶるのかというと、それは実際は存在しないけど人間の心の中にはあるものだからだ。存在はないけれどそれを感じてしまう感性が人間の中にある。宗教だって同じだと思う。本当は神様なんていないんだろうけど人間の心の中には何故かそういう概念があって、それが人の心に響くんだろう。人間の中にはもともと芸術や神様に反応する感性がプレインストールされている。そしてそれは、全ての人間を根底で規定していると思う(表向き、芸術や宗教に興味がないと自分で思っている人においても)。
数学も一緒で、ゼロとかマイナスとか虚数とか無限とか4次元とか、実際は存在しないものが数学では出て来るけど、それは人間の心の中の数学的感覚では存在しているんだな。人間の心の中にプレインストールされている感覚の世界を突き詰めていくと、虚数とか4次元とかにも行き着くんだな。それはある種の芸術だ。
芸術と違うのは、そういう高度なイメージになるとなかなか訓練を受けた人じゃないと認識するのが難しい。音楽を解する人よりも少数になってしまう。でもそれは少数にしかわかんないけど、人間みんなが普遍的に持ってる数学的感覚の延長なんだって思う。
2007-12-11
■ ウィトゲンシュタインについて

それまでウィトゲンシュタインはケンブリッジで成功裡に研究を進めていたが、多くの学者に囲まれたなかでは最も根元的な問題に到達できないという感覚を抱くようになっていた。そのため彼はこの年イギリスを離れたままほとんどケンブリッジへは戻らず、ノルウェーの山小屋に隠遁し、第一次世界大戦が始まるまでの全生活を研究に捧げた(ケンブリッジへ行っても、書いた原稿をラッセルに渡すだけでノルウェーへとんぼ返りだった)。
2007-12-02
■ 詩のメモ

山村暮鳥
両手をどんなに
大きく大きく
ひろげても
かかえきれないこの気持
林檎が一つ
日あたりにころがっている
ほら、ころがった
赤い林檎がころがった
な!
嘘嘘嘘
その嘘がいいじゃないか
おや、おや
ほんとにころげでた
地震だ
地震だ
赤い林檎が逃げだした
りんごだって
地震はきらいなんだよう、きっと
林檎はどこにおかれても
うれしそうにまっ赤で
ころころと
ころがされても
怒りもせず
うれしさに
いよいよ
まっ赤に光りだす
それがさびしい
参考:りんご(詩)2
草野心平
ごびらっふの独白
るてえる びる もれとりり がいく。
ぐう であとびん むはありんく るてえる。
けえる さみんだ げらげれんで。
くろおむ てやあら ろん るるむ かみ う りりうむ。
なみかんた りんり。
なみかんたい りんり もろうふ ける げんげ しらすてえる。
けるぱ うりりる うりりる びる るてえる。
きり ろうふ ぷりりん びる けんせりあ。
じゅろうで いろあ ぼらあむ でる あんぶりりよ。
ぷう せりを てる。
ぼろびいろ てる。
ぐう しありる う ぐらびら とれも でる ぐりせりあ ろとうる
ける ありたぶりあ。
ぷう かんせりて る りりかんだ う きんきたんげ。
ぐうら しありるだ けんた るてえる とれかんだ。
いい げるせいた。
でるけ ぷりむ かににん りんり。
おりぢぐらん う ぐうて たんたけえる。
びる さりを とうかんてりを。
いい びりやん げるせえた。
ばらあら ばらあ。
上記は蛙語で、日本語訳は以下。
幸福というものはたわいなくっていいものだ。
おれはいま土のなかの靄(もや)のような幸福につつまれている。
地上の夏の大歓喜の。
夜ひる眠らない馬力のはてに暗闇(くらやみ)のなかの世界がくる。
みんな孤独で。
この設計は神に通ずるわれわれの。
考えることをしないこと。
率直なこと。
夢をみること。
地上の動物の中でもっとも永い歴史をわれわれがもっているということは
平凡であるが偉大である。
とおれは思う。
悲劇とか痛憤とかそんな道程のことではない。
われわれはただたわいない幸福をこそうれしいとする。
ああ虹が。
おれの孤独に虹がみえる。
おれの単簡な脳の組織は。
いわばすなわち天である。
美しい虹だ。
ばらあら
ばらあ。
参考:草野心平
2007-11-25
■ DISコレクション

- フーコーが死んで以来、フランス哲学はクズ同然
- Web1.0
- いまだにPHPではなくPealで動いている


