行乞記

頭の中に鉢を持って知識を乞う
/プログラミングサイド
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2012-05-16

[]虚構新聞 12:48

  • 大抵の場合、「虚構新聞」で炎上するのは政治ネタであり、政治ネタに関しては各人が云々することが多い。
  • どれだけ配慮したとしても、騙される人間というか、真面目に受け取る人間は一定数いるということを、頭の隅に置いておくことは、それほど読者に対して期待しないという意味において重要なことだとは思う。
  • 冗談は決して上品であるものではないはずで、それは過去の新聞に掲載されている風刺画のいくつかを見れば分かる。例えば、有名なところだと、ダーウィンが猿から進化したという話を発表したときに、ダーウィンと猿を組み合わせた風刺画が発表されていた。風刺というのは下品なものが幾つかあり、笑っている人間の性格の悪さを強調するものでもある。現代に生きている私たちは、ダーウィンが猿に進化したことを主張したことについて笑う人間というのはいないが、風刺というのはそういう危険性を常にはらんでいる。(ガリレオのときですら、彼を馬鹿にした風刺画はかかれ、好評をはくしたことだろう)
  • 風刺とはそういうものであるからこそ、守られなければならないという話は割と重要。
  • 話がこじれているのは、「冗談を理解する自分」というのがセンス競争のネタに使われることが往々にしてあることで、それはダウンタウン(あるいは松本人志問題といってもいい)の時代からあった。しかし、それはお笑い芸人内の問題であったのが、インターネットの慣習と一緒になって「釣り」であるということ、つまり騙される奴を笑うという風習と一緒になってこじらせてしまっている側面が強いことはある。「虚構新聞」の問題に関して思うのは、そのサイト構成は現代インターネットとマッチしすぎてしまった。なので、むしろ「虚構新聞」は「自分のサイトみたいな構成をしたサイトが多くなりすぎました。虚構新聞といいながら現実になってしまっている」ので、そちらのほうをまず謝罪するべきだろうとは思っている。
  • ちなみに、BogusNewsに補足するとするなら、彼のサイトは嘘だとわかるように出来ているという側面があるのだが、もっと変なのは、虚構新聞と違って、コメント欄に予想されうる批判を予め滑稽なかたちで書き込んでいるということだ。つまり、「こういう馬鹿みたいな批判をしてくる奴っているよね」というのが読者の中でも確立してしまっていた。
  • あともう一つとして、「現実は小説より奇なり」みたいな側面で考えると、自分なりに「これは滑稽だろう」と思うネタを出したとしても、現実の方が上回るニュースが大きく、そして、「これは滑稽だろう」と思っていても、意外に「ありうる」というレベルに落ちてしまうという側面があり、割と大変である。
  • ちなみに、自分は虚構新聞政治ネタに関しては、あまり好みではない(これは自分が依存するイデオロギー的な問題)。
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