行乞記

頭の中に鉢を持って知識を乞う
/プログラミングサイド
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2011-11-16

信頼度向上のための「謝る」という習慣 12:47

そういえば、Twitter(別名デマッター)でネットジャーナリストを釣る方法(フリージャーナリスト) - 愛・蔵太の気になるメモ(homines id quod volunt credunt)を読んでいて思ったのは、「謝る」という習慣を作るってわりかし重要な話だよなとは思う。割かし、ネット上で「困った人」と表される人というのは「謝る」習慣の、基本的には無い人のように思う。謝るかと思いきや逆キレしたり「愚か者」とかいっちゃうタイプの人ね。もちろん、その人の専門的な知識が前提になっていることもあるから難しいんだけど、でも単純に「自分の都合のいいソース」に釣られてしまったら、素直に謝った方が傷口が狭くなるというのが現代インターネットだと思うんだけど、どうなんでしょう。

「謝る」ってことは恥ずかしいことだし、コストのかかることなので、しかるべきところで、しかるように謝れる人というのは、謝るという恥ずかしさによって、次から気をつけようと思うような気がする。なので、べたな信頼度を図る方法としては、その人がどれだけ謝ったか、あるいは過去のソースを訂正して謝ったか、をカウンター化してみるといいのかな、とか思ったりもしますね。

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