Hatena::Groupfragments

mtx-hoge

2008-12-03

ブコメ要約とコメント

21:52 | ブコメ要約とコメント - mtx-hoge を含むブックマーク

まえのエントリへのコメントをまとめるとこんな感じでしょうか:

  • 逆にノイズがあるからfav使ってるんだけど
  • 人ベースで情報収集して何が不満?
  • それはてブがやること?
    • 勉強ならローカルのメモ帳でやれば?
    • マッシュアップ(個人のブクマレコード拾う→何らかの形でグループ化・編集)すれば?

…おっしゃる通りです、というのもあるし、いやそこは噛み合ってないというものもあるけど、まぁ気合いの入ったときに追々。

1

まぁ話す相手が違ってるという感じはする。違っているというかいつものことではあるが藁人形すぎる。あぁ私がね、もちろん。はてブを活用してるみなさんごめんなさい(ululunさん、ツッコミありがとう)。

「favを楽しんで使ってるとか、あんたらの使い方は間違ってる」とこき下ろしたいのではなくて、おたがいをfavしてるような層と一方的にfavする側になってる層があって、そのグループの使い方は違ったりするんじゃなかろうか(そのことを、fav活用してる人は意識することがあるんだろうか)という…話…の、はずだった。

冒頭の「ノイズ云々」というのは、釣りに近くて、私はそういうこと思ってないけどそうなんじゃないですかーという、下手なイントロのつもり。適宜quoteすべきだった。ノイズという言葉は私の中では要注意語になっている→mtx::マイナス辞書

それはさておきノイズについて。

ブコメにも書かれている方がいるけど、favする側が「ノイズも面白い」と思っても、favられる側の意識として「尻画像クリップするけどごめんねー」というのは、あるわけだ。

そこを統計的に「ノイズも面白いよ」と乗り切ってしまうのがいまの?Bの使われようだとは思うのだけれど、それはほんとにただひとつの解答なのか。他の可能性を構想しといてもいいんじゃないかと、思う。

たとえば、「尻画像をクリップしてごめん」と思うのならば、そのことの解決を、favした側の「ノイズも面白いよ」というリテラシに頼るだけでなく、「おれは尻画像もクリップするけど、最近の自分の気になってることはこのへんなんだよ」と、自分で情報を洗練させていくような実装を、考えることもできるだろう。

なんだろな。S/Nという発想を人に適用すると、S/Nの配合のバランスはどうあれ、そのどうだかの好みで「アルファブックマーカー」というのが規定されるようになる。

「アルファブロガー」ほど見通しがよいわけではないけど、favの連鎖によって、全体的にだいたい中央の方を向いているfav関係図が描けると思うの…だ(誰か調査してください)。アルファブックマーカーからの伝播速度が半端ないことから推測するに。

まぁたとえば、前のエントリへの関心というのも、最初の数人の方のブクマによって数十人の方に伝播してるわけですよね。(「活用派」に聞きたいと書いているので、そういう方にブクマされるのは当然なのだけど…いやすいませんほんとに)

そういう、中央集権的なメディアができるのが、自分は気にいらないんだろうなー、と思う。naoyaさんはそこに価値があると思ってるみたいだけど。

ときどき「なんでこのエントリに1000件もブクマがつくの?」とか驚く人いるけど、そりゃ「そういうふうに増幅されるから」という他ない。あー1000件になるのはホッテントリ効果だけど。「なんで増田って人気エントリに上がるの?」そりゃ増田という場所をみんな見てるからだ。その他諸々。

ともかく、くだらないエントリに群がるように見えるからユーザが本性として愚かだとか、傾向が偏っているということではない。そうさせられているに過ぎない。いやまぁ個人個人が愚かで偏っているのかも知れないけど、愚かさをうまく調整しながらよい方向に向かう方法が、他にあるかもしれない。それをやるのがデザインであり実装なわけだ。

「ブコメには馬鹿なものが多すぎる」という嘆息があって、それに対してブコメを弁護する人がいる。でもそれは今の仕組みの下で論じているだけであって、被ブクマ数だったりネガコメであったりセルクマだったりというのは、ある実装に規定されて生まれただけの概念にすぎない。それをあたかもユーザーの本性のように語る議論には飽き飽…あ、いやいや。もういいか。すいません。

別の可能性を考えてみれば、批判のいくつかは本質的ではないことに気づくだろう。

とはいえサービス提供者の力も有限なのだし、実装できることとできないことがある。前エントリでは「なんではてなの人に言わないの」と書いてはみたが、それは要望ということではなく、どっちかというとアルファブックマーカーの発言力という意味で書いた…んだと思うたぶん。実装されるかどうかにはこだわらない。

このあたりのことをどう書けばいいか、これまでブクマ話が盛り上がるたびに私は噴き上がって寝言を書いていたのだが、そもそも、こうでなくてはおかしいという「論」ではないのだから、フィクションとしてまとめて、別の技術環境の下で見えるものを示したほうがいいのだなと思った。

要望として出すのではなく、別の実装がなされた平行世界では、こういうふうにものが見えますよ、ということが言えれば、それで構わないというか。

これは私だけの話ではなく、たとえばはてブ衆愚論に対して「ネットとは清濁あわせのむところですよ」「ノイズが面白いんですよ」とか擁護するのは、まぁ確かにそうなんだけど、そもそもの相手の問題意識を受けちゃってることになってる。相手の問題認識が無意味だという指摘をするべきだと思うけど、そうはなってない。

みんな理屈で擁護しないでSFを書けばいいと思う。

1.5

fuktommyさん wrote:

本文にない前提がいくつかある印象を受けた。ブクマするときに「みんな見て見て度」があって、みんなに見せたい良記事は高く、自分のメモ用の尻画像は低い、とかそういう前提があるの? 僕はそういう意識はないし。

単一の記事で見るならそれらに貴賎はない。でも最初の他人である未来の自分に対して、情報をどう残すかと考えたとき、「今日の夜見る」のか「ここ数週間気になっている」かの違いはあると思う。その関心の継続を情報の価値とみなすことができるかも知れない。みんな見て見てというより、まず明日の自分や週末の自分に向けて残すましなやりかたがなんかないのかね、ということ。

未来の自分という他人がいて、その先に、自分ではない他人がいるという認識が、前提というなら前提で、私は未来の自分の他人度が高いので妙な話になるのかもしれない。

尻画像への関心が継続していてそれらをクリップしてまわってまとめている人がいるのであれば、それはまず(未来の)その人にとって価値を持つもので、その人が未来の自分のために残したクリップの集合を他の人が眺めて「これはいい尻まとめ」と思う。それには(ここでいうところの)価値があることになる。

別にそこまでの動機はないけど、ちょっと気になったからブクマしとくか、夜もっかい見るか、くらいの強度の関心というのもあって、これら二つの区別が付けられないのが今の仕組みの欠点だと思う。

あーだから、ノイズとか言ってしまってるけど、そのあたりのことがうまく表現できてないのか。いわんとしているノイズというのは、自分とfavとのフォーカスのずれではなく、favの関心にはフォーカスの確かなものも適当なものもあるよ、ということ。…なんだと思う(書きながら考えてるけど)。

今でも「敢えてタグをつける人は継続的な関心があるのだろう」という暗黙の前提はありはする。このユーザーさんのなんちゃらというタグが面白い、とか。でもなんでそこがタグ付け→絞り込みなんだっていう。折角、人というフィルタを通してるのになんでまたフラットに戻しちゃうわけ? 新刊書を人がチェックしているのに、次から次に書庫に放り込んでるような感じを受けるのだけれど。

2.

ululunさんから言及貰ってる。後で書くかもだけどとりあえず。

  • お気に入りが自分の思い通りにならないというのは私の問題意識じゃない。こんな問題もありますよねーというイントロに近い。(いや思いつきでダラダラ書いてるので、どう読まれても反論とかはないですが)
  • たとえば「関心(無名のタグと言い換えてもよい)」で複数エントリをバインドしたり後でエントリを追加できる仕組みがあれば、本人が後でそういう能動的な操作を行ったものには「継続的な関心がある」と見なせる。
  • http://fragments.g.hatena.ne.jp/mutronix/20081121/1227279673 とか、自分的にはSFを書いてるつもり。
    • SFのSはスペキュレイティブのSやで!

3.

comnnocomさん wrote:

今あるものをそれなりにストレス無く使う方法は分かってるけど、もうちょっとこうしたら今ストレスを抱えてる人も使えるんじゃないか、という。我ながら陳腐な表現だなあと思うけど、↓の顔ぶれも含めてそう思った。

「活用できてるけどなぁ」「favのノイズも面白いけどなぁ」という活用派の方々を釣ってるのは私の方なので…いや釣ってるというか、なんかわけわかんないことをごにょごにょ言ってるなと認識されただけかもですが…

まぁ、「便利そうだし使いたいけど使うと生きにくさを感じたりもする」ような層ってのがあるんじゃないの、そういう人たちの力も発揮できるような場になれば、有益な情報がもっと蓄積されるのdから、それは今の活用派の人にとってもいいことなんじゃないの、という表明なので…。

「はてブは勉強には向いてない」=自分の不定形な問題意識をぶらさげて、自分で掘り下げていく使い方を想定していない=そのときどきのネットの空気を感じて自分に有益な情報を入手できればいい…といわれれば、それまでなんですけども。

しかし、タグ振ってブクマとして保管するということは、それ自身ある程度、未来の自分への投機的な行動なのですよね。favとホッテントリという機能を中心に眺めて「そういうものだ」とするのには違和感が残る。

とおりすがりとおりすがり2008/12/04 11:04中央集権的というのはちょっと違います。属人的な情報フィルタというのはWeb2.0の次にくるものと言われていますし、結果起こっているのはむしろ複数のブックマーカーにそれ以外が連なる階層的かつフレキシブルな形態ですので、どちらかといえば分権的です。

mutronixmutronix2008/12/04 13:02ども。中央集権的というのは変ですね確かに。
しかし、階層的というのはわかりますが、それが即フレキシブルかということには疑問が残ります。寄った視点ではフレキシブルだが、俯瞰で見ると、なんか結局みんな真ん中の方を向いてるなーということはありえるのでは。
一部のアルファブックマーカーがいてそれが世論を扇動して…いるわけではありませんし、真ん中とはいってもいくつもの「界隈」に別れているとは思うのですが、構造的にはfavの階層というのは分散的でない形をとることもあるんじゃないでしょうか。

mutronixmutronix2008/12/04 13:11本当に分散的なら(それを指向してUIの設計をしているかというのも含めて)、一つのエントリが数日で1000ブクマされるということはあんまり起きないと思うんですよねー。

(自分の頭の中に「関心」ベースのブクマバインドの仕組みがあって、それでいろいろ書いてるのでいろいろ話が飛びますが…)

そもそもfavやホッテントリの経路を経て「今」ブクマしなきゃいけないものってそんなある? と思うし、一つのエントリを複数回別の文脈で読むということも、実際にはありうるのに、ブクマではそれができない(このエントリはすでにブックマークされています)というのも自然ではない。

分散をうたうのであれば、共時性からもある程度自由であったほうがいいと思いますねー。なんとかという人の書いた日本語の本が話題になって、突然アマゾンで売り切れるという現象を「事件」と見るか「今読まないかんの? あほくさ」と見るかで、そのあたりの意見は違うのかも知れませんけども。(あぁまたどうでもいいことを書いてしまった)