2007-11-12
こういうこと?
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図A.
記事が私にとって有意義かどうか(釣りかどうかetc)、みたいな考え方。
あ、外側の枠はanondの全記事を表す集合とする。
虚構とかいう意味のわかんないものが侵入する余地がない。
図B.
そうじゃないでしょ、有意義かどうかなんて個人が考えた尺度でしょ、というのがこの図。
自分にとって興味のないもの、意味のわかんないもの、意図不明なものだって普通にあるし、それはあなたの考えてる有意義とは無関係に存在する。
他人の有意義/ゴミの区分をどうこういう筋は私にもない(カテゴリを破壊しようとは思わない)し、私にだってそういう区分はあるよ。
実用的な意味では、有意義如何を問いたいものに「本当だか嘘だかわからないもの」が混じっていると、それはあぁ面倒だな鬱陶しいな、とは思う。でもそれが、自分の「有意義かどうか」というフレームを壊すことはない。よくわかんないものは「保留」にするだけ。「保留」フラグがついていても、一応信じてみることはできるし、有意義だな、と思うこともある。もっともほとんど全てのことは、「実は保留」なんだろうけど。
あたかも「増田民は上図のようなスキームしか持って無くて、視野が狭いから、オレが教えてやるぜ」、みたいに何か言おうとしてるのが「何様?」と感じられるのかもだね。
気をつけたいことば
- ネタ
- 釣り
- 情報操作
これらは意志によってなされるのではなく、結局のところ、形式に与えられた名前ではないの。
「うんこエントリ」
増田のうんこエントリが絵に描いたうんこになってしまえ、というのは、語弊もあるし軽率だったけども。
「うんこエントリ」というのを言い直すと、図Aのスキームにしたがって再生産される、読みと書きの構図。
ここでは、分類不能な例外は「悪意」「ブクマ数稼ぎ」「釣り」といった言葉で処理される。それは私は窮屈だと思う。
「絵に描いたうんこ」というのは、それが図Bのスキームによって相対化された状態。

