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磨爪術

2007-11-12

[]エノラ・ゲイ氏の主張 19:09

「あなたのB29を校庭から見ていました」。被爆した当時中学二年の高橋さんは、背中と両手足に大やけどを負った。「気の毒だが、再び命令が下れば同じことをする。それが戦争だ」と言い切るティベッツ氏。ケロイドが残る高橋さんの右手を握ったまま、最後に言った。「だから戦争は起こしてはいけない」。

「謝罪の言葉は無かった。でも痛みは感じているようだった」と高橋昭博さん(73)さんは振り返る。原爆症の慢性肝炎などで病院通いの日々だが「米国に行き、原爆投下は必要だったと信じる人たちに体験を話したい。年齢的には瀬戸際だ」

2005年7月23日(土) 東奥日報

同氏は生前、原爆投下の正当性を疑っておらず、「投下は戦争を終結させるためだった」「(投下された原爆は)大きな戦争を抑止してきた」と朝日新聞の取材に語っていた。原爆投下60年の05年にも地元紙の取材に「(任務を受け)人々を殺すことになると知っていたが、できるだけ早く(戦争の)大量殺害を終わらせるため任務を全うすることしか頭になかった」「(後悔は)とんでもない」と答えている。

2007年11月02日 朝日新聞

広島平和記念資料館の元館 長、高橋昭博さん(76)に会ったとき、被爆で変形した高橋さんの右手を、約30分の対面中、ずっと握って離さなかった。「自分が正しいのかどうかもわか らない」と迷う言葉も残している。「心の痛みはあったと思いたい」と高橋さんは言う

2007年11月5日 天声人語

朝日新聞の真ん中の記事しか読んでなかった。ほかを読むと多少は印象が違うなと感じた。それだけ。