Hatena::Groupfragments

磨爪術

2007-11-12

今きづいた 21:29

ゴリブツさん経由もあるのか。てか先のidコール調子乗りすぎてました。

論争に参加することで見えてこなかった部分が見えたよな 19:34

まだまだ見えてない部分ばかりだろうけど。記事で何をどう発言するとかブコメでどの程度のことをどこまで言うとか学んだ気がするってか意識するようになれた収穫。

あちらこちらでちらほら見る 19:31

結論づける必要がないと思ってるけど、きっとその人にとっては重要なんだろうな。てかそういうもんじゃないとやってけないしはてなでこうも議論する現象なんて起きないんだろなと自己解決。

[]チェルシー 19:21

Oct 16 2007

  • 手書きの日本語
    • ちょっと感動した
  • 誕生日プレゼント未送でした
    • ほんと金と労力が要りますよねわかるよみたいな
  • 私の誕生日は Nov1(all saints' day) だよ
    • うはw
  • 誕生日はセメトリにお参り?(pray)
    • 無宗教だったけか
  • 日本で誕生日はどう過ごしたりすんの
    • どすかな

ブクマfav. 19:20

やっぱまとめた。少し増やした。

[]エノラ・ゲイ氏の主張 19:09

「あなたのB29を校庭から見ていました」。被爆した当時中学二年の高橋さんは、背中と両手足に大やけどを負った。「気の毒だが、再び命令が下れば同じことをする。それが戦争だ」と言い切るティベッツ氏。ケロイドが残る高橋さんの右手を握ったまま、最後に言った。「だから戦争は起こしてはいけない」。

「謝罪の言葉は無かった。でも痛みは感じているようだった」と高橋昭博さん(73)さんは振り返る。原爆症の慢性肝炎などで病院通いの日々だが「米国に行き、原爆投下は必要だったと信じる人たちに体験を話したい。年齢的には瀬戸際だ」

2005年7月23日(土) 東奥日報

同氏は生前、原爆投下の正当性を疑っておらず、「投下は戦争を終結させるためだった」「(投下された原爆は)大きな戦争を抑止してきた」と朝日新聞の取材に語っていた。原爆投下60年の05年にも地元紙の取材に「(任務を受け)人々を殺すことになると知っていたが、できるだけ早く(戦争の)大量殺害を終わらせるため任務を全うすることしか頭になかった」「(後悔は)とんでもない」と答えている。

2007年11月02日 朝日新聞

広島平和記念資料館の元館 長、高橋昭博さん(76)に会ったとき、被爆で変形した高橋さんの右手を、約30分の対面中、ずっと握って離さなかった。「自分が正しいのかどうかもわか らない」と迷う言葉も残している。「心の痛みはあったと思いたい」と高橋さんは言う

2007年11月5日 天声人語

朝日新聞の真ん中の記事しか読んでなかった。ほかを読むと多少は印象が違うなと感じた。それだけ。