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2007-10-09

オフ会とか

| 23:59 | オフ会とか - furukatsuの日記 を含むブックマーク はてなブックマーク - オフ会とか - furukatsuの日記 オフ会とか - furukatsuの日記 のブックマークコメント

d:id:republic1963さんと、d:id:megaaneさん、d:id:junkMAさんでオフ会

リパさんは酔っぱらって荒れる。そして、眼鏡さんが高校の後輩ということを知る。

世界せめぇ。


そして、風邪をひく。

2007-10-02

Prismaticallizationを開始

| 01:13 | Prismaticallizationを開始 - furukatsuの日記 を含むブックマーク はてなブックマーク - Prismaticallizationを開始 - furukatsuの日記 Prismaticallizationを開始 - furukatsuの日記 のブックマークコメント

というわけで、ループ物の傑作というか、ギャルゲー史上に燦然と輝く怪作というか、センチメンタルグラフティパクリイラストだとか、それに反論した絵師の発言で荒れまくったとか、そういう作品で有名なP17nないしニセンチことPrismaticallizationを開始しました。

PLAYSTATION Storeダウンロード販売が600円だったので、思わず買ってしまいましたが、まぁ後悔はしてません。これから後悔するかもしれないけど。

はてなキーワードで「なお自称を「拙僧」にしてプレイすると、得も言われぬ味わいが生じる。」と書かれているのでとりあえず拙僧に設定。

2007-09-16

ああ、俺の岩波さんが…

| 03:24 | ああ、俺の岩波さんが… - furukatsuの日記 を含むブックマーク はてなブックマーク - ああ、俺の岩波さんが… - furukatsuの日記 ああ、俺の岩波さんが… - furukatsuの日記 のブックマークコメント

というわけで、先日買いました。id:COCO氏の今日岩波さん。

しかし、最後のマンガで私の愛する岩波さんが、岩波さんが…


というわけで、冬コミで誰かが岩波さん本を書いてくれることを期待します。

2007-09-10

初音ミクは中田ヤスタカの夢を見るか

| 07:05 | 初音ミクは中田ヤスタカの夢を見るか - furukatsuの日記 を含むブックマーク はてなブックマーク - 初音ミクは中田ヤスタカの夢を見るか - furukatsuの日記 初音ミクは中田ヤスタカの夢を見るか - furukatsuの日記 のブックマークコメント

というわけで、ニコニコで大流行中のVOCALOID初音ミクである。

VOCALOIDないし初音ミクを知らない人も居るかもしれないので簡単に説明すると、歌唱専門の音声合成ソフトである。機械合成とは思えないようなリアルな歌唱を提供してくれるソフトであるが、まぁ、それでも機械臭さは残っている。以下にサンプルがあるので聞いてみてほしい。

http://www.crypton.co.jp/mp/pages/prod/vocaloid/cv01.jsp


さて、中田ヤスタカであるが、私のとぼしい音楽知識では、女性ボーカルにあえて機械っぽく唄わせる、ないしそういったマスタリングをすることを一つの特徴としていると記憶している。あえて機械っぽいボーカルというのに何かしらのメッセージ性を仮託しているのであろう。

詳しくはその辺に詳しいd:id:inumash氏が語ってくれそうな気がするのだが、まぁ、この初音ミクの登場によって、そのコンセプトは何かしらの影響を私は受けざるをえないのではないか、と私は考えるわけである。あえて人間ボーカル機械っぽくすること、というのと、機械ボーカル人間っぽくすること、この二つのコンセプトはお互いに影響をせざるを得ないだろう。

また、同時に機械ボーカル機械っぽく唄うというようなものも既にニコニコでは出てきており、その素材には中田ヤスタカの楽曲も用いられているというのがある。そしてこれらは元々の楽曲の特徴と、高度な技術により、かなりそれっぽく仕上がっている。既に「Perfume用無し」といったようなコメントニコニコ上では散見されているのである。

機械がすでに出来ることを、あえて人間がやる意義はなんかのか。あえて機械っぽくすること、というのが初音ミクを目の前にした人間ボーカルにとってどういった意味を持つのか。これは、このコンセプトにどういった影響を与えていくのか。少なくとも今のまま同じようにするわけにはいかないだろう。

このエレクトロ・ワールドを初音ミクに唄わせ、アイドルマスターの映像と合成させたムービーを見てみよう。恐ろしいことに、これは全て人間がコンピュータで作り出した完全にバーチャルなフィクションの世界なのである。翻って、inumash氏のエントリPerfumeは匿名の夢を見るか。~PerfumeとDAFTPUNK~での議論は、顔をさらさず、ライブは機械を弄るだけのDAFT PUNKとエフェクトで音声を変え、人の思惑で動くアイドル*1であるPerfumeの比較によって議論を組み立てていたが、これらはDAFT PUNKもPerfumeも、そのパフォーマンスを直接にやっているのは生身の人間であるという部分があった。しかし、このエレクトロ・ワールドのムービーはそのパフォーマンスを行っているのはコンピューターである。いや、厳密にはそのコンピューターを使っているユーザである。

しかし、その固有性は誰が作ったか、ではなく、どのキャラクターか、という部分に収斂されているのではないか。アイドルマスターを作った有名・無名のスタッフや、初音ミクをうたわせた人間の固有性よりも、そのキャラクターの固有性の方が重要になっているのではないか。


このVOCALOIDは、確かに人間に比べれば歌は上手くないかもしれないが、しかしそれでも音楽シーンに単なるツールとしてではなくて、それ以上の波紋を投げかける存在になるかもしれない。

*1:のアーキタイプ

2007-09-09

新興宗教の勧誘を受けた

| 05:11 | 新興宗教の勧誘を受けた - furukatsuの日記 を含むブックマーク はてなブックマーク - 新興宗教の勧誘を受けた - furukatsuの日記 新興宗教の勧誘を受けた - furukatsuの日記 のブックマークコメント

というわけで、本日、どの宗教かは言明を避けるが、某新興宗教の勧誘を受けた。勧誘してきたのは今の会社に以前勤めていた人で、同じ職場に居たこともある人物である。


彼は仏法を信じれば色々と運が開けてくると必死に言うのだが、私はちっとも理解できない。機関誌を持ち出して、そこに掲載されている難病に苦しんできた人が信心によって回復したという例を示しながら仏法の力はすごいのだと力説する。しかし、そんな特殊な例ばかり持ち出されても疫学的統計がなければ信じられるはずないだろうと私は考えたし、そう回答した。確かに、宗教を信じることにより何かしらプラセボのような効果が生まれてくることはありえるし否定しないが、統計的な比較検討がないと証明することは出来ないだろうと説明する。もっと言えば、あなた方は十分な会員数を持っているのだからきちんとした疫学的統計をとれば、もし貴方の話しが真実だとすれば十分統計上有為な差が生まれるだろうし、その方が説得力も出るだろうと示唆をした。彼は信心によっても変わるからなんとも言えないとお茶を濁したが、それは反証可能性を否定することだと追い打ちをかけた。つまり、これはうまくいかなければ信心が足りないと説明されるし、うまくいけば信心があったと説明することも出来るのであり、反証可能性が無い、非科学的なものだと指摘したわけである。彼は科学と同様に仏法は因果があるのだ、と力説していたので、そこに絡めながらこれは科学でもなんでもないと強調し、そういったものについて私は理解をすることが出来ないということを強調した。

ほとんどの宗教がそうだが、反証可能性というものを彼らは有していない。だから、それはどうとでも言える以上、信じるに値しないと言い切ってしまうのは容易だろう。だからこそ信じるか信じないかの問題であるのかもしれないが。


最後の方になると、完全に宗教精神の世界で信じろ体験しろというような議論になるわけだが、私はここで一つ「語りうることは語りうる。語りえぬ事は沈黙せねばならない」と言った。この勧誘をしている人物は高校数学の教員やっていたこともあるそうだが、ゲーデル不完全性定理も知らないらしい。私も数学者ではないので不完全性定理を理解できているわけではないが、簡単に説明した上で、人間脳味噌で考えた愛や善や美といったものについてあなたのように語っても言葉遊びにすぎないと言ったわけである。ウィトゲンシュタインのこの命題はそれまでの哲学を殺したという風に言われるが、なんということはない、そういう言葉遊びは馬鹿馬鹿しいからやめろと言っていたわけである。

社会科学自然科学も世界をスマートに記述することが第一の目的である。その意味では彼らがなんと言おうと、その仏法や善や正義なんていうものは言葉遊びにすぎない。

また、なお彼は食い下がって、宇宙の果ての向こうに何があるかわからんけど、でも何かあるのだから、見えなくても信じろという風に言ってくるが、事象の地平より向こうは関係ないと言い切った。


また親を持ち出して、その葬儀をあげるようになったら*1、死後の世界で安寧に暮らしてほしいと願うだろうとか言ってくるが、死後の世界なんて見たことがないし知ることも出来ない以上、葬儀とは生者のためのものであるから、私は粛々と社会的役割を果たすのみだとも言った。正直、親が死後どうなろうと、私はそれを知ることが出来ないし、そもそも死後の世界なんて信じていないしどうでもいいんだとはっきりと説明した。たとえ死後の世界があるにせよ、自称の地平よりも向こうや想像上の産物に私は関知しないし、それをあれこれ論じても意味がないのである。

確かにそのとき私は悲しむだろうが、葬儀というのは社会的な装置の一つにすぎないんだと説明したわけである。


その後、彼は政治の話に入り、日本人が皆仏法を信じ仏法の守護者たる天皇の統治をすべきだとか言ったので私は猛然と反論。なぜ我々が民主政という政体を用いているのか、それは本質的によりよい選択をするためではなく、責任者であり最後に良くも悪くも全てを負わねばならない国民が自ら選択することに意義があるからだと説明したわけである。


総じて彼は信じて体験すれば理解できると言うが、信じられないものをどうしろというのだ。話にならない。またそうすれば運が開けていいのだとも言うが、信じられないものに有限の金と時間はかけられんと回答する。

とにかく一つ一つ議論を封じていくわけだが、無駄に消耗する割に益のない議論だった。

*1:これも酷い話しだと思うが(笑)