furukatsuの日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2007-09-09

新興宗教の勧誘を受けた

| 05:11 | 新興宗教の勧誘を受けた - furukatsuの日記 を含むブックマーク はてなブックマーク - 新興宗教の勧誘を受けた - furukatsuの日記 新興宗教の勧誘を受けた - furukatsuの日記 のブックマークコメント

というわけで、本日、どの宗教かは言明を避けるが、某新興宗教の勧誘を受けた。勧誘してきたのは今の会社に以前勤めていた人で、同じ職場に居たこともある人物である。


彼は仏法を信じれば色々と運が開けてくると必死に言うのだが、私はちっとも理解できない。機関誌を持ち出して、そこに掲載されている難病に苦しんできた人が信心によって回復したという例を示しながら仏法の力はすごいのだと力説する。しかし、そんな特殊な例ばかり持ち出されても疫学的統計がなければ信じられるはずないだろうと私は考えたし、そう回答した。確かに、宗教を信じることにより何かしらプラセボのような効果が生まれてくることはありえるし否定しないが、統計的な比較検討がないと証明することは出来ないだろうと説明する。もっと言えば、あなた方は十分な会員数を持っているのだからきちんとした疫学的統計をとれば、もし貴方の話しが真実だとすれば十分統計上有為な差が生まれるだろうし、その方が説得力も出るだろうと示唆をした。彼は信心によっても変わるからなんとも言えないとお茶を濁したが、それは反証可能性を否定することだと追い打ちをかけた。つまり、これはうまくいかなければ信心が足りないと説明されるし、うまくいけば信心があったと説明することも出来るのであり、反証可能性が無い、非科学的なものだと指摘したわけである。彼は科学と同様に仏法は因果があるのだ、と力説していたので、そこに絡めながらこれは科学でもなんでもないと強調し、そういったものについて私は理解をすることが出来ないということを強調した。

ほとんどの宗教がそうだが、反証可能性というものを彼らは有していない。だから、それはどうとでも言える以上、信じるに値しないと言い切ってしまうのは容易だろう。だからこそ信じるか信じないかの問題であるのかもしれないが。


最後の方になると、完全に宗教精神の世界で信じろ体験しろというような議論になるわけだが、私はここで一つ「語りうることは語りうる。語りえぬ事は沈黙せねばならない」と言った。この勧誘をしている人物は高校数学の教員やっていたこともあるそうだが、ゲーデル不完全性定理も知らないらしい。私も数学者ではないので不完全性定理を理解できているわけではないが、簡単に説明した上で、人間脳味噌で考えた愛や善や美といったものについてあなたのように語っても言葉遊びにすぎないと言ったわけである。ウィトゲンシュタインのこの命題はそれまでの哲学を殺したという風に言われるが、なんということはない、そういう言葉遊びは馬鹿馬鹿しいからやめろと言っていたわけである。

社会科学自然科学も世界をスマートに記述することが第一の目的である。その意味では彼らがなんと言おうと、その仏法や善や正義なんていうものは言葉遊びにすぎない。

また、なお彼は食い下がって、宇宙の果ての向こうに何があるかわからんけど、でも何かあるのだから、見えなくても信じろという風に言ってくるが、事象の地平より向こうは関係ないと言い切った。


また親を持ち出して、その葬儀をあげるようになったら*1、死後の世界で安寧に暮らしてほしいと願うだろうとか言ってくるが、死後の世界なんて見たことがないし知ることも出来ない以上、葬儀とは生者のためのものであるから、私は粛々と社会的役割を果たすのみだとも言った。正直、親が死後どうなろうと、私はそれを知ることが出来ないし、そもそも死後の世界なんて信じていないしどうでもいいんだとはっきりと説明した。たとえ死後の世界があるにせよ、自称の地平よりも向こうや想像上の産物に私は関知しないし、それをあれこれ論じても意味がないのである。

確かにそのとき私は悲しむだろうが、葬儀というのは社会的な装置の一つにすぎないんだと説明したわけである。


その後、彼は政治の話に入り、日本人が皆仏法を信じ仏法の守護者たる天皇の統治をすべきだとか言ったので私は猛然と反論。なぜ我々が民主政という政体を用いているのか、それは本質的によりよい選択をするためではなく、責任者であり最後に良くも悪くも全てを負わねばならない国民が自ら選択することに意義があるからだと説明したわけである。


総じて彼は信じて体験すれば理解できると言うが、信じられないものをどうしろというのだ。話にならない。またそうすれば運が開けていいのだとも言うが、信じられないものに有限の金と時間はかけられんと回答する。

とにかく一つ一つ議論を封じていくわけだが、無駄に消耗する割に益のない議論だった。

*1:これも酷い話しだと思うが(笑)