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2009-01-22

そろそろタケルンバ卿のアレについて一言言っておくか 21:30 そろそろタケルンバ卿のアレについて一言言っておくか - いつか作ります を含むブックマーク はてなブックマーク - そろそろタケルンバ卿のアレについて一言言っておくか - いつか作ります そろそろタケルンバ卿のアレについて一言言っておくか - いつか作ります のブックマークコメント

この問題を巡って、「自分は誰が悪いと思うか」を声高に主張すると、恐らく真っ先に落とされる。

そして、グループの結論と、各個人の主張がどれであろうと、恐らく合否には関係しない。

典型的な「切られる」グループ

各人が自分の価値観を主張し、全員一歩も譲らない。お互いに相手を論破しようとあらゆる言説を駆使し、論理体系を組み上げる。時間切れ寸前で「仕方ないから多数決にしよう」と誰かが言い出し、発表。回答に付随する理由はその回答を支持した人の発言を丸ごとそのまま使う。発表中、グループ内に1,2人くらいブスーっとムクれてる人がいると完璧だ。

俺ならこうする

まず最初に、問題を設定し直す。あるいは、評価基準を確定させる。

全員の価値基準に基づいて答えを考えてから、それらの折衷案を取ってはいけない。これだと、絶対にまとまらないし、仮にまとまったとしても誰かが納得しない状態で終わる。全員で価値判断の基準を共有してから、その基準に照らして意思決定を行なわなければいけない。回答を考えるのは最後に回して、先に理由のほうから考えるわけだ。

判断基準の策定については色々な手段がある。分かりやすいのは「公平さ」「貞淑さ」など、いくつかの価値基準でマトリクスを作って、各基準について5段階評価し、合計点を比較して決める事。独創性も糞もあったものではない手法だが、それなりに説得力のある結果が出る。

議論で決着をつけたいというならば、選考を行なっている会社のビジョンや「求める社員像」に基づいて基準を決める、とするのが良い。メンバーは「御社の理念に共鳴して~」とか履歴書に書いているわけで、共有すべき価値観としては悪くない選択肢だ。

事前に評価基準を決めたら、あとはそれに照らして選択肢を比較評価すればよい。評価基準について合意が取れているのであれば、それに沿って決められた結論には物言いがつけられない。

最大の改題

この問題は元々有名な心理テストで、それを改変したものであるわけだけど。最大の改変点は何かというと、元々個人に対する質問であったものを、グループに対する質問に変更した、という点だ。この違いに比べたら、登場人物が少ないとか舞台が違うなんてのは瑣末な差に過ぎない。

集団での意思決定の際に重要なのは、「自分の意見を主張する自分」と並列する形で「グループ全員の合意を形成しようとする自分」を持てるかだ。

たとえグループのリーダーであっても、グループのコンセンサスと自分の意見が食い違ったら、グループのコンセンサスの方を優先させなければいけない(そして、仮に結果が間違っていて、自分の持論が正しかったとしても、責任はリーダーが取らなければならない)。

自分の意見を主張してばかりではいけない。かといって、自分を完全に殺して調停役に徹してもいけない所が難しいのだけれど。

ちなみに個人的には

こういう状況で自分の過去の経験とかを引き出して滔々と性のあり方について講釈を垂れる我の強い奴が一番嫌いだ。相談をすると「俺の場合こんな事があったんだけど~」とかいきなり言い出して、こっちの言い分を聞かずに自分の価値観で判定を下すタイプ。

で、誰が悪いかだけど。この事件で、船が難破した以外に起きた「悪い事」は、夫婦の破局だけだ。とすると悪いのは夫婦のどっちか。

妻は、夫がどういう反応をするか理解しているべきだったし、夫は自分を信じて打ち明けてくれた妻を許してやるべきだ。妻の愚かさと夫の狭量さのどちらを責めるかの問題だが、夫かなぁ。

仮に、妻が、夫が自分を許さないであろう事を承知の上で、それでも夫には生き延びて欲しいという思いから行動に踏み切ったのであれば、そして夫もそれを承知の上でなお譲れない一線があったのであれば、悲劇ではあるが誰も悪くない、という事になるかな。情景描写が散文的すぎて、俺の価値観はこうだ!と言えるような結論は出せない。

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