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2008-11-03

再反応:コメントをつけた理由と、俺の「馬鹿」の定義 01:35 再反応:コメントをつけた理由と、俺の「馬鹿」の定義 - いつか作ります を含むブックマーク はてなブックマーク - 再反応:コメントをつけた理由と、俺の「馬鹿」の定義 - いつか作ります 再反応:コメントをつけた理由と、俺の「馬鹿」の定義 - いつか作ります のブックマークコメント

TB飛ばなかったのは、多分修正再修正の連続で「ちょっとした更新」をチェックするタイミングをミスったから。一回はチェックせずポチったはずだが、自信はない。

以下はhttp://d.hatena.ne.jp/magician-of-posthuman/20081102/1225572746から。

しかし、こうして議論していた二人の観察には、共通の盲点が伴っている。挑発的に言えば、それはこの二人自身が「馬鹿」として顕在化している可能性だ。どういうことか。ここで述べている馬鹿とは、馬鹿の定義に無知になってしまっているという意味での、馬鹿である。既に述べたように、頭の良いヒトと頭の悪いヒトとを一義的に差異化することはできない。言い換えれば、馬鹿の定義は常に別様にもあり得る訳だ。全ての意味での「馬鹿」を網羅した上で、体系的に「馬鹿」を論じることは、誰にもできない。「馬鹿」を観察することには、不可避的に盲点が伴う。

ふたりとも「馬鹿」をきちんと定義して無い、という意味に取れた。いま読み返してもそういう意味にしか取れない。「『馬鹿』として顕在化している」は意味を考えれば別に怒るポイントでもないが、その前提「馬鹿の定義に無知になってしまっている」が(少なくとも私にとっては)間違いに思える。

その後の議論には正直あまり興味がない。私の論点はこの部分に尽きる。

私がその後の議論を批判した事になっているようだが、冒頭の部分以外に触れたのは「ついで」の部分だけであり、それ以前、本論部分では一切触れたつもりはない。

疑問符にいっこずつ

どこにどう答えたものか、とりあえず疑問符をひとつずつ。

それともid:fukken氏は、ある観察者が興味を持たなかったが故に派生させてしまった盲点を、別の観察者が指摘することを暴圧しようとでも言うのだろうか?

私は「『馬鹿』の多義性や『複雑性』の複雑性」について論じたければ勝手に論じればいい」ときっちり書いている。

次なる展開として記述した(タイトル略)をid:fukken氏は完全にスルーしているようだ。一体何故、スルーしたのだろう?

「ある議論に参入することと、その議論に派生した問題を指摘することとの間には、差異がある」。そして、派生した問題自体には興味が無かったのでスルーした、それだけの話だ。前述のように、私の論点は「派生」の過程、つまり「元の議論内での『盲点』の有無」にしかない。派生した議論の中でその「盲点」と主張されているところの論点がカバーされていようがいまいが、そんな事は問題にしていないし、私の知った事ではない。

反応:馬鹿の定義 12:43 反応:馬鹿の定義 - いつか作ります を含むブックマーク はてなブックマーク - 反応:馬鹿の定義 - いつか作ります 反応:馬鹿の定義 - いつか作ります のブックマークコメント

特にid:fukken氏に関しては、私がテーマとして言及していた「馬鹿」の多義性や「複雑性」の複雑性を「簡単な概念」と判断しているようなので、後ほど簡単に説明して貰うことにしよう。

やりとりの元はこっち。

http://d.hatena.ne.jp/magician-of-posthuman/20081102/1225635258

RPM氏の「馬鹿」

http://d.hatena.ne.jp/RPM/20081026/1224958362

RPM氏の場合、馬鹿の定義は論じるまでも無いというか、この文に内包されている。

要するに今までだったら目にする機会がほとんどなかった赤の他人の「悪事」が、自身の無自覚な自白(告白)によってWebで拡散・増幅され容易に可視化できるようになった。

ここ。「悪事」を告白する人、つまり

  • この位書いても平気だろ、という人
    • 自分の善悪の概念がネット上の平均値よりも大きく外れている事に無自覚な人
  • ヤバいけど、どうせ見てないだろ
    • 炎上リスクを適切に評価できない人

が「馬鹿」と定義されている。論旨は「こういう人が馬鹿か」ではなく「こういう人が最近増えている」という方なので、そもそも馬鹿の定義を云々する必要が無い。

ekken氏の「馬鹿」

http://ekken.blog1.fc2.com/blog-entry-916.html

こっちも、馬鹿を厳密に定義する必要は無い。ある種の人間が自演で自分の声を大きく見せる事があり、その人は何らかの意味で馬鹿と見なせる事が多い、というだけ。自演する奴は必ず馬鹿だ、とも、馬鹿な奴は必ず自演する、とも主張していないのだから、境界条件を明確にする必要は無い。論旨は「自演可能なシステムにより、増えていないものが増えているように見える事がある」というだけだ。

馬鹿の決定可能性

要するに、「全ての意味での「馬鹿」を網羅した上で、体系的に「馬鹿」を論じ」ているわけではないので、「『馬鹿』の多義性や『複雑性』の複雑性」について論じる必要など、そもそも無い。だから、

ここで述べている馬鹿とは、馬鹿の定義に無知になってしまっているという意味での、馬鹿である

などという事はない。

「『馬鹿』の多義性や『複雑性』の複雑性」について論じたければ勝手に論じればいい。その事が簡単だと主張した覚えは無いし、しようとも思わない。ただし、馬鹿という語を使う全員が馬鹿の多義性に興味を持っていると思わないほうがいい。厳密な客観的定義など無くとも、他人を馬鹿だと主張する事はできるし、反論することもできる。

ついでに反論

以上の件とは関係ないが、この件について私の主張を要約するとこうなる。多少「三行」からはみでているかもしれない。その場合は大きなディスプレイを買ってきた上でワードにでもコピペして改行を削除して欲しい。

  • 「頭の良い人は難しい概念も簡単に説明できるはずだ」という時、その話者は「お前の話は分からん、よってお前は馬鹿だ」と言っているに過ぎない。
  • 問題は「馬鹿である」事ではなく「『馬鹿である』と言われている」事である。つまり馬鹿の主観的定義が問題になっているのであって、客観的定義は無関係だ。相手が馬鹿だと言っている理由の方が大事なのであって、仮に馬鹿を定義した上で*1通知表やら何やらを総動員して自分が客観的に馬鹿ではない事を示したとしても、なんの意味が無い
    • この話は、前項を前提としない。つまり話者が「馬鹿」をどのように定義したと仮定しても成立する。

*1:馬鹿は定義できない、という主張だから無意味な仮定だが

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