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2006-10-17

子どもが死んだからって外野がギャーギャー言うな 18:00 子どもが死んだからって外野がギャーギャー言うな - いつか作ります を含むブックマーク はてなブックマーク - 子どもが死んだからって外野がギャーギャー言うな - いつか作ります 子どもが死んだからって外野がギャーギャー言うな - いつか作ります のブックマークコメント

Munchener Brucke - 結局、世論は子供が犠牲になる事件はすべて重く罰して欲しいということ

http://d.hatena.ne.jp/./kechack/20061016/p1

子供が犠牲になるのは大人が犠牲になるより痛ましいのはそもそも何故だろう。

被害者の残りの寿命の差?それなら定量評価が可能だ。残り50年くらい生きる青年を殺すと、残り10年くらいしか生きない爺さんを殺したときのおよそ5倍の損失があるとすると、罪の重さも5倍ってのは成り立つ理屈だ。

経済損失?残り人生で稼ぐはずだった賃金(+そこまで育てるのにかかった社会的コスト)を基準にしてしまうと、もう年金をもらうだけとなった老人は殺し放題になり、フリーターを殺すと罪が軽いが医者を殺すと罪が重い、という状態になる。

悲しむ人の数と悲しみの大きさ?身寄りの無い人とかニートに不利になるし、下手すると悲しむ人間の数を増やしたマスコミが悲しみ幇助の罪に問われかねない。

刑法とは

そもそも、刑法は痛ましさとか経済的なロスとかを解決するシステムではなく、事件事故の再発生を防ぐシステムなんじゃないのか。感情的経済的なもののフォローは民事訴訟や慰謝料といったもので行なっている、気がする。被害を蒙る対象に直接に借りを返すわけで、これはこれで正しい。

刑法でこれをやれって外野がうるさいのは、要するに被害者の関係者ではなく、社会全体に対しても償え、って事なのだろうか。他人が勝手に当事者面して心の痛みを訴える、という非常に気持ち悪い構図も浮かぶ。

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