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2006-07-17

短文を作る技法 14:18 短文を作る技法 - いつか作ります を含むブックマーク はてなブックマーク - 短文を作る技法 - いつか作ります 短文を作る技法 - いつか作ります のブックマークコメント

1文には、ひとつの情報しか盛り込まないようにする。1文として長めにつなげる場合も、なるべく早めに意味上の区切りをつける事によって、文の展開を記憶する負担を軽くしてやるとよい。この場合、読点を置くことと、読点の直前までを文として完結させる(述語をおく)事が重要。

意味の細分化

ガン=カタ - Wikipedia

http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%82%AC%E3%83%B3%3D%E3%82%AB%E3%82%BF&diff=6580528&oldid=6401012

は俺が修整した。

  • 修整前

ガン=カタは第三次世界大戦までの戦闘データを反映し、いかに相手の死角に回り最大の攻撃をしつつ最大の防御をするかという事を念頭に置いた戦闘術でありクラリックが使用する。

  • 修整後

ガン=カタは"クラリック"という特殊部隊員が使用する戦闘術であり、第三次世界大戦までの戦闘データを反映し、いかに相手の死角に回り最大の攻撃をしつつ最大の防御をするかという事を念頭に置いている。

「ガン=カタとは何か」と、「ガン=カタの来歴」とがごっちゃになっていた。修整前の形式だと、ガン=カタとは何かを知らない人は、その疑問を持ったまま文の最後まで引きずられていく事になる。

「戦闘術である。」で切っても良かったのだが、切らずに繋げた。切ってしまうと、2文目の書き出しが難しい(要するに手を抜いた)。

1文目の内容は説明というよりは定義なので、ページの序(一段落目)に持ってくるのが本来は妥当。ページを実際に眺めると分かるが、2段落目全体は劇中設定の説明であり、作中の人間の視点でガン=カタを説明している。どちからというと作品鑑賞者の視点に近い1文目前半は"浮いて"いる。

文章を句点で切るべきか、あるいは読点を打って続けてもいいかは微妙な問題。判断基準は、読者がそこまでが一区切りであると認識しやすいかどうか。読点で繋げる場合も、そこまでの部分に1文としての区切りを与えてやったほうがいい。

たとえば、この「1文としての区切り」を考えずに読点で切るとこうなる。

ガン=カタは"クラリック"という特殊部隊員が使用する、第三次世界大戦までの戦闘データを反映し、いかに相手の死角に回り最大の攻撃をしつつ最大の防御をするかという事を念頭に置いた戦闘術である

述語がないので、なんとなく釈然としない気持ちのまま文の最後まで突き進む事になる。比較すると「戦闘術であり」を前に出す意味がわかるだろう。

文の係り関係

  • 修整前

基本的にはベレッタM92を改造したクラリックガンを使用し至近距離での銃撃戦を可能にしたものだがアサルトライフルを使用した遠距離戦、刀やクラリックガンによる直接殴打を使用した格闘戦も可能で熟練した第1級クラリックならクラリックガンの直接殴打のみでアサルトライフルを装備した兵士5~6人を相手にすることが可能である。

  • 修整後

基本的にはベレッタM92を改造したクラリックガンを使用した至近距離での銃撃戦を想定したものだが、アサルトライフルを使用した遠距離戦や、刀やクラリックガンによる直接殴打を使用した格闘戦も可能であり、熟練した第1級クラリックならばクラリックガンの直接殴打のみでアサルトライフルを装備した兵士5~6人を相手にすることが可能である。

ここは難しい。

  • クラリックガンによる至近距離での銃撃戦を想定している
  • 至近距離銃撃戦だけでなく、遠距離戦闘や格闘も可能である
  • 熟練したクラリックは格闘でも強い

これらは互いに内容が係っており、下手に切ると逆に流れを追いにくくなる恐れがあった。とりあえず読点を打つだけに留めたが、これだけでかなりすっきりする事がわかる*1

「~だが、」「~格闘戦も可能であり、」で文を切って、流れが追いにくくなるという問題は適当な接続詞でカバーする方がスッキリするかもしれない。

「遠距離戦や、」の読点を削除すると、読点のレベルが揃うので読みやすくなる。しかし、ダラダラと説明が続く事になり、美しさに欠ける。

反省

段階を踏んで修整していく様子を提示した方が分かりやすかったか。

*1:最小の動きで最大の成果を得る、ガン=カタの極意である

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