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2008-05-13

[]待合室で週刊新潮を読んできた 22:28 待合室で週刊新潮を読んできた - chanbaraの断片 を含むブックマーク はてなブックマーク - 待合室で週刊新潮を読んできた - chanbaraの断片 待合室で週刊新潮を読んできた - chanbaraの断片 のブックマークコメント

 池田大作センセー関連記事のノリノリっぷりは異常。俺も大好きだこのノリは。

 そして他には東国原知事女性スキャンダル。20歳代後半女性そのまんま東知事に誘われてその後捨てられて手切れ金が云々とかそんなことが書いてあった。女性が軽率だとか自己責任だとかそういう方向でなかったのが意外だったなあ。ああそうか知事きありきだからなのかそうかそうか。

 そして帰りの電車で見た潮の中吊り広告北方謙三の名を見てショックを受ける。いやあの雑誌に名前が出ているからといって短絡するのは間違っているんだけど。というか、短絡するのは間違っているんだよね?よく知らないけど。

2008-03-23

[][]「経営未来」を読んでいる 21:47 「経営の未来」を読んでいる - chanbaraの断片 を含むブックマーク はてなブックマーク - 「経営の未来」を読んでいる - chanbaraの断片 「経営の未来」を読んでいる - chanbaraの断片 のブックマークコメント

 Google社の話があって、あの会社は所謂「Aクラス」の人しか採らないようにしているとのこと。最初からAクラスの人だけで物事を進められるような仕組みを構築しているということだ。そうではない会社人間が「Aクラスだけ集めたらプロジェクトスムーズに進みました」なんて得意気に言ってもあまり意味がない。Aクラスでない他人あるいは自分をどう使って効率よく物事を進めるか、という縛りからは逃れられない。

 話は少しそれる。所謂「腐ったミカン理論」ってのは何なんだろう。一人の腐ったミカンが原因で集団全体が腐るとしたら、それは集団構成員各々の自助努力が足りないというか、結局腐りやすい体質を構成員一人一人が持っているということなんだよね。まさに構成員の自己責任ポジティブさや人間力が足りない!ってこと。腐ったミカンをきれいにするくらいのポジティブさを持って欲しいね。

 自助努力自己責任ポジティブ!って人であまりそういう考えを持っている人を見かけないのが不思議

経営の未来

経営の未来

2008-03-10

[]教えて!勝間和代さん! 23:41 教えて!勝間和代さん! - chanbaraの断片 を含むブックマーク はてなブックマーク - 教えて!勝間和代さん! - chanbaraの断片 教えて!勝間和代さん! - chanbaraの断片 のブックマークコメント

http://d.hatena.ne.jp/yousanotu/20080308

 勝間氏(らしき人、id:kazuyomugi)がコメント欄に。

決算書の暗号を解け!」という私の本はすでに読まれましたか? こちらは決してスパム本ではない自信があります。ぜひ、機会があったら、ご覧ください。

 私はこの本を読みました。類書を読んだことがないし会計のことはよくわからないのですが、説明は結構わかりやすかったし、なるほど決算書とはこういうものなのかこうやって読めばいいのか、となかなかためになりました。ただ、気になる点(わかりにくかった点)があったのでひとつ。

 122ページで「営業CFキャッシュフロー)の範囲で投資CFをまかないきれいているかどうか?」というチェックポイントがあって「営業CF投資CFのほうが美しい」と書いてあるんですね。で、本に載っている例を見ると、

まかないきれていない例:「営業CF:141,644百万円 投資CF:△364,248百万円」

まかないきれている例:「営業CF:272,488百万円 投資CF:△185,183百万円」

となっています。でもこれって両方とも「営業CF投資CF」なわけです。どっちも営業CFは正の値で投資CFは負の値だから。

 これはおそらく

「営業CF(正の値という前提)>投資CFの絶対値(投資CFは負の値という前提)」

という意味じゃないかと思うのですが、そのへんをもっと正確に書いて欲しかった。更に言えば、投資CFが正の値の時はどう考えればいいのか、についても触れて欲しかった。(更に更に言えば、営業CFが負の値になる場合ってあるの?あるとしたらそれはどんな時?ということも)

 会計を知っている人にはそんなの説明不要の常識なんでしょうが、これは専門知識のない素人(私のような)向けの本な筈なので、もうちょっと説明が欲しかったです。

キャッシュフローについて検索をかけて出てきたサイト

http://www.findai.com/yogo/0296.htm

http://www.findai.com/yogo/0283.htm

決算書の暗号を解け! ダメ株を見破る投資のルール

決算書の暗号を解け! ダメ株を見破る投資のルール

2008-02-25

[][][]自己啓発の使い方 20:28 自己啓発の使い方 - chanbaraの断片 を含むブックマーク はてなブックマーク - 自己啓発の使い方 - chanbaraの断片 自己啓発の使い方 - chanbaraの断片 のブックマークコメント

 「自分探しが止まらない」読み終えた。今の世の中における「自分探し」とは何なのかについて述べられていることは他の人が書いたレビューにも書いてあるとおり。ここでは、私がこの本を読んでちょっと気になったことを書く。

自己啓発書が生み出すのは一時的な高揚感、もしくは癒しのみである。またそれがなくなってしまうと、高揚感や癒しを与えてくれる似たような本や体験を求めて、延々と「自分探し」を繰り返す

 この本で繰り返し出てきた表現なのだが、「自己啓発→高揚感を得る→高揚感から冷める→自己啓発(以下繰り返し)」というふうに自己啓発はまっているはまっていく)人がいるらしい。世の中には色々な人がいるなあ。

 自己啓発の高揚感はほどなく冷める。自己啓発で得たものの大部分はその時に自分の中から消えてしまう。ただ、僅かに何かが残る場合がある。あるいは自己啓発中を振り返り、あの高揚感はなんだったのか?自分はどうしてあんなに高揚していたんだろう?そこに何かがあったのか単に自己啓発の手法によるものなのか?などなど考える。自己啓発で得られるものというのはそういうものだと私は思っていた。自己啓発ってのはその熱が冷めてからが大事なんじゃなかったのか?

 自己啓発の類は、一時的にハイになるための酒、あるいはドーピング剤みたいなものだと思っている。常にそれを使い続けていたら心身を壊してしまう。一時的にそれが必要になる局面(就職活動とか)は確かにある。でも常にそれを摂取してハイでい続ける必要があるのか?というかそんなことしてたらいつか廃人になるぞ?ハイでい続けられる人はたまにいるけど、お前に同じ真似ができると本気で思ってる?

 自己啓発によって何かを得たり何かを学ぶことはある。でもジャンキーのようにそれを摂取し続けるという光景は私にはとてもグロテスクに見える。モンティ・パイソンの「幸福王国」ってあるだろ?あれをもっとけちくさく陰湿にした感じ。

 破滅するぞ地獄に落ちるぞ低クオリティなみじめな人生が待っているぞ、そう脅され続けてその恐怖から逃れるために自己啓発というドーピング剤を日常的に摂取し続ける、そうでもしないとやってられない世界になりつつあるのか、あるいは既になってしまったのか。なったとしてそういう世界をおかしいと思わないのか。

 なに?世の中の流れや仕組みはどうせ変えられない?お前の言うポジティブシンキングとはその程度のものか、無理矢理ラリって安い給料使い捨てられる程度のことしかできないか人間の力を信じられないこのネガティブ野郎め。

2008/03/14追記:私の言いたかったことをより的確に書いている書評発見したのでご紹介。

http://gijutu.blog.drecom.jp/archive/180

自分探しが止まらない (SB新書)

自分探しが止まらない (SB新書)

2008-02-07

[][]「ウェブ時代をゆく」を読んで気になったこと2 22:57 「ウェブ時代をゆく」を読んで気になったこと2 - chanbaraの断片 を含むブックマーク はてなブックマーク - 「ウェブ時代をゆく」を読んで気になったこと2 - chanbaraの断片 「ウェブ時代をゆく」を読んで気になったこと2 - chanbaraの断片 のブックマークコメント

http://fragments.g.hatena.ne.jp/chanbara/20071220/1198161786

の続きというか補足というか。

 前に、この本は『「生存の危機」が現実的に消えている人、あるいは当面は「生存の危機」が無い人向けの本』と書いたけど、もう一つある。

 梅田氏が「ウェブ進化論」の感想を紹介していた。

リアル社会の職業だけからは「大衆」層に分類されてしまうかもしれないし「エリート」になりたいわけではないが、自分の存在を知らしめたいという欲望がある。

「エリート」集団に属することはできなかったが、「大衆」の中に埋没するのも違和感がある。

 こういう人向けの本でもある。定石だが、なかなかいいところにターゲットを絞ったな、と思う。エリートでも大衆でもない、と自称している中間層の欲望に上手く入り込んでいる。

 あと、前も引用したけど、

「大組織を離れる」イコール「路頭に迷う」「人生のレールを外れる」みたいな極端な表現をカジュアルに口にし、それがあたかも真実であるかのような錯覚を人々に与える。じっさい彼らの大半は「目の前にあるすべきことに情熱を注ぐこと」ができた人であり、そうでない人への想像力を欠いているのだ。「好きを貫いて生きていけるほど、世の中、甘いもんじゃない」という大人の言葉は、日本社会の中枢にいる人々の傾向と表裏一体をなすものである。

とある。でも、「ウェブ時代をゆく」を読むとわかるが「好きを貫いて生きる」ことだって甘くないのだ。それが解ってないとこの本を読んでもあまり意味がないと思う。でも解ってない人が多いと商売上は都合がいい(梅田氏がそういう商売をしたいのかどうかは知らない)。

ウェブ時代をゆく ─いかに働き、いかに学ぶか (ちくま新書)

ウェブ時代をゆく ─いかに働き、いかに学ぶか (ちくま新書)

2008-01-06

[][][]閉塞感とか生きることとか 21:31 閉塞感とか生きることとか - chanbaraの断片 を含むブックマーク はてなブックマーク - 閉塞感とか生きることとか - chanbaraの断片 閉塞感とか生きることとか - chanbaraの断片 のブックマークコメント

ポイポイポイ (スーパーダッシュ文庫)

ポイポイポイ (スーパーダッシュ文庫)

 田舎社会の、あるいは日本社会の閉塞感なんてことが色々なところで語られ、自分もたまに語ったり考えたりする。

 昔は自分社会が閉塞的であるとか考えていなかったように記憶している。色々と嫌なこと辛いことはあったけど、それを地域社会の閉塞感に結びつけるようなことはなかった。色々なことをよくわかってなかったし余所の地域ことなんて知らなかったし、閉塞的って概念が無かったんだと思う。

 今は、田舎社会の閉塞感がうんたらとかそんなことを思うようになっている。それは田舎以外の社会状況等色々なことを知って、ものの見え方が変わったからなのかもしれない。別に閉塞感を知らないままに田舎で十分に生きていけたのかもしれない。

 自分が生きることについても、先のことは何もわかんないし常にうすぼんやりとした不安希望がある。良くない方向には未来が確定しているように見えてしまい、良い方向に希望を持つことは結構難しい。

 人生を前向きにがんばろう!とかそういう紋切り型物言いに対しては冷ややかな感情が湧き出てくるし、実際胡散臭いヤツらが他人を食い物にするためにそういう言葉を囁きかけてくるのであるが、そういった紋切り型物言いってのは実は立派にポジティブ意味での存在価値があるんだなあ、ということを最近思うようになってきた。そう思わなければやってられない、ってのもあるのかもしれないが。

 まあ世の中って色々生きづらい要素はあるし、人生不安についても尽きることがないよね、ということに対して登場人物たちが悩み苦しみ行動して、生きるってなんなんだろうね、ということに関して登場人物の口から色々なことが語られる。ああ「青春小説」だなあ。

2007-12-20

[][]「ウェブ時代をゆく」を読んで気になったこと 23:43 「ウェブ時代をゆく」を読んで気になったこと - chanbaraの断片 を含むブックマーク はてなブックマーク - 「ウェブ時代をゆく」を読んで気になったこと - chanbaraの断片 「ウェブ時代をゆく」を読んで気になったこと - chanbaraの断片 のブックマークコメント

ウェブ時代をゆく ─いかに働き、いかに学ぶか (ちくま新書)

ウェブ時代をゆく ─いかに働き、いかに学ぶか (ちくま新書)

 世界がこれからどんどん変わっていく。で、そんな世界でどう生きようか?ということを考えるための本である。なかなか読ませる本だったし、我が身を振り返っても、色々と考えるヒントをくれるいい本だと思った。で、そのことについては後で別エントリで書こうと思う。

 今回は、この本を読んで気になったことを書く。

 まず、この本はどんな人に向けて書かれた本か。

世界が豊かになりモノが溢れ、先進国の「中の下」あるいは「下の上」よりも上の生活から「生存の危機」が現実的に消えた。

 つまり、「生存の危機」が現実的に消えている人、あるいは当面は「生存の危機」が無い人向けの本なのである。この本を読むときはそれを認識しておいたほうがいい。

 梅田氏は、現在日本社会の中枢にいる人が想像力を欠いていることについて、

「大組織を離れる」イコール「路頭に迷う」「人生のレールを外れる」みたいな極端な表現をカジュアルに口にし、それがあたかも真実であるかのような錯覚を人々に与える。じっさい彼らの大半は「目の前にあるすべきことに情熱を注ぐこと」ができた人であり、そうでない人への想像力を欠いているのだ。「好きを貫いて生きていけるほど、世の中、甘いもんじゃない」という大人の言葉は、日本社会の中枢にいる人々の傾向と表裏一体をなすものである。

と述べている。ところが、梅田氏自身が別の部分での「想像力を欠いている」のだ。

「自助の精神」について語ると、それだけで日本では強い反発がある。「強者の論理」でいけないと言う人がいるのである。

社会をどうこうとか考える前に、現実問題として個がしたたかに生きのびられなければ何も始まらないのではないか

 社会の構造的に「自助の精神」でもどうにもならない人が目につくようになってきた。日々の糧を確保するのが精一杯で消耗しきってしまう人たちだ。そしてそういう人は今後もどんどん増え続ける、社会構造的に。「現実問題として個がしたたかに生きのび」るためには「社会をどうこう」しないとどうにもならない人たちがこれからどんどん出てくる。

 ただ、梅田氏がそういう方面での「想像力を欠いている」ことについて、私はあまり梅田氏を責める気はない(というか責めることはできない)。だってこの本は「生存の危機」が現実的に消えている人向けの本なのだから。

 また、「自助の精神」に対する反発についてだが、これは別に梅田氏の意見生き方そのものが反発を受けているわけではないと思う。ただ、梅田氏の意見は、例えば経団連のお偉方や人を使い捨てにして大儲けしている人材派遣会社社長とかにとって恣意的に利用し易いのだ。というかもしも自分がそういうお偉方の立場だったら、梅田氏の言う「自助の精神」を徹底的に利用するだろう。

 時代は確かに変わっている。「知の高速道路」を利用して「好きをつらぬく」という生き方がかなり多くの人にとって可能になってきた。だがもう一方では「自助の精神」以前の問題として「生存の危機」にさらされる人も増えていく。そこまで踏まえた上での「新時代の生き方」をどうするか、を考え体系づける言説が出てきてもいいと思う(既にあるかもしれない)。梅田氏はそういうことには興味を持たないだろうし、優先順位を割り振ることも自身のリソースをつぎ込むこともないだろうと思うので、そこは本のネタとして狙い所ではないだろうか。

生きさせろ! 難民化する若者たち

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若者を見殺しにする国 私を戦争に向かわせるものは何か

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フリーターズフリー〈Vol.01〉よわいのはどっちだ。

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2007-12-15

[]梅田望夫氏講演:後編 23:20 梅田望夫氏講演:後編 - chanbaraの断片 を含むブックマーク はてなブックマーク - 梅田望夫氏講演:後編 - chanbaraの断片 梅田望夫氏講演:後編 - chanbaraの断片 のブックマークコメント

http://japan.cnet.com/column/pers/story/0,2000055923,20361235-5,00.htm

面白いと思ったのは、中学2年生に向けて喋ったことについては、「楽観的すぎる」とか「ばかじゃないか」とか言われないんですよね。シニカルな大人も、子どもには夢を語ろうというコンセンサスがあるらしい。それは新しい発見でした。

 梅田さん意地が悪いな(笑)

2007-11-27

[][]学校に行かなくても死なない 22:57 学校に行かなくても死なない - chanbaraの断片 を含むブックマーク はてなブックマーク - 学校に行かなくても死なない - chanbaraの断片 学校に行かなくても死なない - chanbaraの断片 のブックマークコメント

 学校高校以前)に行かなくても死なないというのはその通りなんだけど、「学校に行かないようなヤツ」に対する視線というのがあって、例えば何の問題もなく大学の入学試験を通る能力大学卒業する能力があって実際そうやっても、「学校に行かないようなヤツ」に対するゲスな目線、あいつが転落したらここぞとばかりに騒いでやる、あいつは登校拒否児だったんだ引きこもりだったんだ、という目線というのはあって、そんなの気になんないよという人もいる一方でそういう目線にどこかでおびえている人もいるかもしれないなあ、なんてことをふと思った。

 これは「学校に行かない」に限らず、他にも色々なケースがある。あいつは変なヤツだったとかそういうのも含め。

(2007/11/28追記)

 上の文章は、この本を買って読む前に書いた文章です。

 で、さっき読み終わった。この本の中で、サラリーマン養成所のしての学校はもう時代にそぐわなくなっている、だけど人々の学校信仰は未だ根強く残っている、ということが書いてあった。

 まあ、そうだよなと思う。そして同時にメリットがあったりデメリットが特にないなら学校に行かない必要はない、とも書いてあった。結局そこらへんに落ち着くのかなと思う。まあ学校なんて自分のいいように利用すればいいんだし。

 今現在学校に通っている当事者が、こういうことを理解することが大事だとは思うけど、それやられると教員が困るだろうなw自分たちに都合の悪いことを知ってもらっちゃ困るし。平均的な教員の能力じゃそういうことを身につけた子供は手に負えないだろうし。

 せいぜい同業者同士のグチ話に花が咲くだけだな。

2006-10-24

[]自動車絶望工場 23:35 自動車絶望工場 - chanbaraの断片 を含むブックマーク はてなブックマーク - 自動車絶望工場 - chanbaraの断片 自動車絶望工場 - chanbaraの断片 のブックマークコメント

がこの辺の本屋をいくら探しても置いていないのは、単に古い本だからか、はたま地政学的な理由があるのか。なのでアマゾンで買います。

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