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2008-09-24

[]個性的な「元いじめられっこ」 17:55 個性的な「元いじめられっこ」 - chanbaraの断片 を含むブックマーク はてなブックマーク - 個性的な「元いじめられっこ」 - chanbaraの断片 個性的な「元いじめられっこ」 - chanbaraの断片 のブックマークコメント

http://fragments.g.hatena.ne.jp/chanbara/20080817/1218985397

またここと関連するようなしないような。

 元いじめられっこが、かつての自分のような境遇にいる人に対してとる態度の一つになかなか個性的なものがある。

 この「個性的な態度」はいじめの話だけでなく、階級的に成り上がった人とかにも見ることができる。それについての考察は、例えばこのようなものがある。↓

http://fragments.g.hatena.ne.jp/Tez/20061126/p2 

きっと根本に「成り上がりモン根性」というか「育ちの悪さ」というか「抜きがたいコンプレックス」があるちょっとかわいそうな人なんだなぁとおもいましたマル

http://d.hatena.ne.jp/tkmisawa/20061120/1164011173

こういう「かわいそうな人」への興味というのもある。クイーンズ・イングリッシュを必死に覚えて成り上がったサッチャーが、下層の労働者階級を、代々金持ち保守穏健派なんかとは比べ物にならないくらい憎んでいたのが気になるのと同じように気になる。「脱オタするとオタ批判」問題みたいなもんだが、階級に絡む場合は、もっと切実な、身を切るがごとき痛みを伴う。

そう考えるとオデュッセウスの例え。 - ユウガタ - 断片部で、ギリシアローマ古典の知識を披見して反駁してくる労働党議員言葉をきいて、きっとサッチャーはさぞ悔しかったんだろうなあとか思って興奮してた。そういう本人もオックスフォード出身なんだが、労働党保守党も名門出身者は似たようなもので、サッチャーさんのような雑貨商の娘はきっと高貴な生まれの金持ちボンボンを憎んでいたに違いないんだ(根拠ないが)!

階級上昇を果たした人が、もといた階級やそれに近い人に厳しい、憎悪や蔑視を剥き出しにするのは悲しいことだけれども、そこで表出する本人の自負と劣等感階級帰属意識や憧れ/憎悪のぐちゃぐちゃっぷりはというのは、やっぱり見てて飽きない

 さて、いじめに関して思い出すのが、下記の本に載っていた、とある「元いじめられっこ」の中学生手紙とそれに対する筆者の考察(227ページ以降)。

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 ある中学生対象の通信添削業者は会員誌を発行しており、その編集室にある日一通の手紙中学生女の子から届いた。それを会員誌に掲載したところ、全国の会員からかなりの反響があり、それは一冊の本にまとまられるに至った(「進研ゼミ中学講座編、一九九七)。ここで取り上げたいのは、このきっかけを作った最初の手紙についてである。この手紙の終わりの方の文面を引用する。

一つだけいえるのは、いじめられるやつがしっかりすればいいってこと。開きなおればいいのにいじいじいじいじ、はっ わらっちまうぞ。親にも学校にもいうんじゃねー、自分でけりつけろ。さしでしょうぶするんだよ。……すべては自分のせーだ。人におしつけんじゃねーよ。世界にEやつなんていねーんだからよー!(同前掲書、六~七ページ)。

 だが、この中学生の捉え方は非常に個人主義的で、しかもきわめて厳格な「自助」のすすめとも解釈できる。「いじめられるやつがしっかりすればいいってこと」「じぶんでけりつけろ」「すべては自分のせーだ」という表現がそうである。

 いじめられる理由をこのようにいじめられている本人の個人的性格や意志の問題として捉えるのは、いじめられることに加えて、それをどうにもできない自分への責めを激しくするだろう。しかも、親や教員、その他の人々に助けを求める道を閉ざすことにもなる。実はこの手紙を書いた当人もいじめられた経験があるらしい。おそらくその時にはこのような考え方によって、自分で自分を相当苦しめたことだろう。このような自他に対する厳しいまなざしは、高度な人格崇拝に由来する。

 自分へのこの厳しいまなざしは容易に他者にも向けられる。なぜなら、本文でも紹介したように、高度な人格崇拝規範を遵守する人々は「対等のルール」に則って自分の態度や振る舞いを選択するからである。

 なんでこんなことを書いているのかというと、上に引用したようなことの非常にわかりやすい類似事例を見かけたからだ。釣りなんじゃないかってくらい非常にわかりやすい。

http://d.hatena.ne.jp/nitino/20070804#c

いじめの問題について毎回思うところがある。

本件と外れるけど展開(←こら)

いじめた人はいじめたことを忘れるが、

いじめられた人はいじめられた事を忘れない。

いじめる人は損害が少なく、いじめられた人の損害が甚大だからだ。

ただ、いじめられた人も時とともに

記憶が風化していけば忘れる事ができるだろうし、

その努力を忘れてはならない。

いつまでもその問題に偏執すると滑稽である。

例えば、小学校の時にいじめられたことを成人式の時に愚痴愚痴ネチネチいうとしよう。

おそらく周りは異様な雰囲気に包まれる。

その人の成長はいじめられた時点から止ってる。

ゆえに体と心の成長のギャップが異様な雰囲気を醸し出し、

また空気を読まない場違いな陰の躍進に恐怖する。

こう考えると、いじめる人がどうとあれいじめられる人の心の成長が問題である。

心の成長がないからいつまでも愚痴愚痴ネチネチといい続ける。

マイナスイメージがますますその人から人を遠ざける。

そして待つのは最大のいじめの「孤立」である。

社会から孤立してはよほど強い人しか生き残れない。

故に古来から村八分は絶大な制裁となりうれた。

いじめ周りの人が悪いのか?

いやいや、本当は当人の問題だ。

いじめられるのは本件に象徴されるように陽ではなく陰である。

陰は本質的に人を恐怖させる。故に排斥しようとする。

いじめられる人は陰から陽に転じる考え方を持たないから、

いじめられてますます陰の深みにはまる。

さらにいじめられてさらに陰になる。

スパイラルダウンの構造だ。

最小は些細なことでも、知らないうちに陰の深みに入り込み、

いじめいじめられる関係が成立するのである。

救いの道はいじめられる側が考え方を変える方法を見つけ出すこと。

もちろん、いじめるものから距離をとり、新しい考え方を身に付けるのゆとりを持つのも良い。

また、そのまま新しい環境に馴染む勇気もあってもいい。

結局どこにいってもいじめらっれ子はいじめられるというのは

心の成長をどこかで止めてしまってるのが原因である。

もちろん、原因として先天的なものもあるだろうが、

大多数は後天的努力の欠如である。

と、小学校の時にいじめられた人は語るのであった(笑)

まあ、中学校のときにはいじめっ子になってたから考え方の問題だと思う。

 ブログエントリ関係ないことを自覚して*1なお、こういうことを余所のブログコメント欄に書かずにはいられない心情とは如何ばかりのものか。

 これだといじめる側がいじめ放題だなと私は思うんだけど、当人がこういった考え方を持つように努力して、結果いじめられっ子からいじめっ子になって当人もそれに満足しているようで何よりである。いじめ放題のロジックを身につけていじめる側に回れたんだからさぞ楽しいだろう。それでこの人は本当に納得できているんだろうか?という疑問はあるけどね。個性的な考え方だなと思う。

 まあ、小学生の時自分をいじめていた人を中学生になったら逆にいじめてやった、そしていじめられるお前が悪いしそのことをいつまでも愚痴愚痴ネチネチ言うのはお前の心の成長がないんだ、とかつて自分をいじめた人に言い放ってやった、という話なら理解できるけど。

 最初のほうで引用したけど、確かに「階級上昇を果たした人が、もといた階級やそれに近い人に厳しい、憎悪や蔑視を剥き出しにするのは悲しいことだけれども、そこで表出する本人の自負と劣等感階級帰属意識や憧れ/憎悪のぐちゃぐちゃっぷりはというのは、やっぱり見てて飽きない」ですね。

何様か

*1:そして当然そのことを管理人に指摘されている

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