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2008-04-10

[][]できない理由ばっかり探しちゃって…(女の子イラスト付きで) 19:44 できない理由ばっかり探しちゃって…(女の子のイラスト付きで) - chanbaraの断片 を含むブックマーク はてなブックマーク - できない理由ばっかり探しちゃって…(女の子のイラスト付きで) - chanbaraの断片 できない理由ばっかり探しちゃって…(女の子のイラスト付きで) - chanbaraの断片 のブックマークコメント

f:id:chanbara:20080411211921j:image

※2008/04/11追記:女の子イラストがないじゃないか!という声がありましたので女の子イラスト素材のプチッチさんのフリー素材を使用)を追加しました。また、daihxさんのエントリも併せてご覧ください。

要は、勇気がないんでしょ?

http://d.hatena.ne.jp/guri_2/20080316/1205641886

http://b.hatena.ne.jp/entry/http://d.hatena.ne.jp/guri_2/20080316/1205641886

ビビリな若者たちよ!! 実名ブログ自分を「見える化」する勇気を!!』

http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/Watcher/20080408/298256/

http://b.hatena.ne.jp/entry/http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/Watcher/20080408/298256/

 両者の反応を見ていると色々面白いな、と思いつつ眺めた。前者もそうだけど、特に後者の反応においてはできない理由ばっかり探しているのが目立ってとても印象的だ。「危険性が」「住所勤務先晒しが」「失敗したら取り返しがつかない」「アメリカ日本は違う」「それが有効なのは一部の特権階級だけ」。みんな必死になって「できない理由探し」をしている。前者のエントリ共感した人から見ればヤレヤレと苦笑していることでしょう。なんなんでしょうね、何かと「できない理由探し」に一生懸命な人たちは。

 なんて頭の悪い煽りはこの辺にして、さて、人間生きていればなにかと判断決断をする場面がある。そしてその時どう決断し行動するかはケースバイケースだ。周りの状況、自分の状態、性格、現状の認識リスク計算、その他諸々の要素がからんでくる。

 同一人物でも、状況によって吶喊することもあれば逃げることもあるしとどまることもある。他人を煽って何かをさせようともするし戦略上の手段としてできない理由を必死に探すこともある。こんなことは言うまでもない当たり前のことだ。

 「できない理由ばっかり探して」「要は、勇気がないんでしょ」等の言葉条件反射的に拘束されているように見える人がいる。相手に「こういうふうにすればいいじゃん」と言われた後にこの種の言葉を出されると、相手の言うとおりに行動しないといけないんじゃないか不安になってしまい、自身の判断を鈍らせてしまうような人たちだ(その観点で言うと、後者エントリに足りないのは「できない理由ばっかり探して」「要は、勇気がないんでしょ」等に相当する言葉だ。こういった言葉があれば反応も少しは違っただろう)。

 さて、人間は生きるうえで自分で判断をして行動をする。結局のところ、自分の行動を最後に決めるのは自分自身だし、その結果は自分が負うことになる(というは他人が負うのはまず無理)*1。だからこそ、前向きに困難を恐れないことも、最悪の事態を想定することも大事だし、その結果前を向いて飛び出すにせよ後ろを向いて退却するにしてもそれによって起こった結果は自分で負うしかない。

 誰かがあなたに「実名ブログやってみなよ、え?リスクがある?アメリカ日本は違う?ねえ、どうしてそうやってできない理由ばっかり探すの?君さぁ、いろいろそれっぽい理屈をごちゃごちゃ言ってるけど要は勇気がないんでしょ?」と言うとする。そこでうろたえちゃう人が一番危ない。これは最終的にその人が実名ブログをする・しないにかかわらずだ。

 実名ブログ云々程度ならともかく、もし誰かに自分人生をひっくり返しかねないとんでもないことを吹っ掛けられてその後に「できない理由ばっかり探して」「要は、勇気がないんでしょ」って畳み掛けられたらどうするんだろう?そこでうろたえていて自分は納得できるんだろうか、状況を変えられるんだろうか、起こった結果を受け入れられるのだろうか。

 「できない理由ばっかり探して」「要は、勇気がないんでしょ」が自分の意志・考え方に関係なくマジックワードになってしまう人が実はかなりの数いるんじゃなかろうか、と不安になる。そのやっかいな効果がその人限定で済んでいるうちは私は何とも思わないけど、それが世の中の共通認識になってしまうと私が不利益を被りかねないのでご勘弁願いたい

 いかなる時も「できない理由ばっかり探して」「要は、勇気がないんでしょ」という発想で突進すれば(させられれば)いいってもんじゃない。本当に成功できる人はそれと同時に無理のある無茶苦茶な発想に対して「ば~~~~~~っかじゃねぇの!?」(ハルパゴス)という視点も持つことができ、状況判断ができリスク管理ができる人なのだ。

 話はちょっとずれるし余談になるけど、煽られて利用されやすいだけの人と、言葉巧みにそういった人を利用できる人との区別ができない人がいる。もちろん人間には利用されるだけの人生を生きる自由や権利はあるけどね。

※2008/04/12追記:考えるための自分リンク

http://enemyofthesun.blog111.fc2.com/blog-entry-41.html

http://d.hatena.ne.jp/repon/20080306#1204807516

*1id:CrowClaw氏によるはてブでのコメントを参照。こういう考えが自己欺瞞であり、「人間は究極的には自由ではないし何も選べない」という氏の指摘はそれはそれで正しい。「自己決定」「選択」は胡散臭さや暴力性という一面を確かに持っていて、私自身身に染みて体験してきたし度々文章にもしていたのになあ。知らず知らずのうちに自己欺瞞に染まっていたということか。このことは改めて考えたい

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