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2008-04-06

[]学校裏サイトとかフィルタリングとか息苦しい世の中とか、その辺についての雑なメモ 08:20 学校裏サイトとかフィルタリングとか息苦しい世の中とか、その辺についての雑なメモ - chanbaraの断片 を含むブックマーク はてなブックマーク - 学校裏サイトとかフィルタリングとか息苦しい世の中とか、その辺についての雑なメモ - chanbaraの断片 学校裏サイトとかフィルタリングとか息苦しい世の中とか、その辺についての雑なメモ - chanbaraの断片 のブックマークコメント

 「学校裏サイト」ってCGM的だなあとふと思った。いじめとかの学校の諸問題の可視化表出化、という意味合いにおいて。で、こういうのは学校の教員とかの立場からいくとものすごく「都合が悪い」。何か起きたときに「心当たりはありませんうちの学校にはいじめはありませんみんな仲良くやってます」ってますます言えなくなっちゃうから。

 「学校裏サイトいじめの温床」はいいんだけど、そもそも学校そのものが「いじめの温床」なんだという意識がないお花畑さんがいるなあと思う。というか、学校そのものは「いじめの温床」であってもいいんだろうな。学校という場で教員による一元管理ができて、そこで情報流通コントロールできればいいという発想か(もちろん一元管理だってものすごく大変なんだけど)。

 教員の立場から言えば、表向き仲良くやっているように振る舞ってもらえれば裏でどんないじめが起こっていようが構わない(全く心当たりがありませんうちの学校/クラスいじめはありませんみんな仲良くやってました、と言えるから)んだろうだけど、学校が抱える問題点可視化されて証拠になってしまう学校裏サイトというのは頭の痛い存在なんだろうなあ。教員の影響の及ばないところで児童により生成されるメディア、ってのは教員にとって非常に都合が悪い。

 いじめ自殺した児童が残した遺書は上手くやればなんとか握りつぶせる(遺書すら残さないで自殺しちゃう児童もいる。もしそうなると「証拠」が残らないので有耶無耶にすることができる)かもしれないけど、いじめの証拠になるようなものがネット上に流れてしまうとそれのコントロールはまず不可能。それは交換日記を潰すような発想・手法では対応しきれない。

 学校の仕組みの問題点ってのは義務教育を受けた人間は多かれ少なかれそれを身に染みて体験しているわけだがその割にはそれは体系化されていなかったりする(自分や自分の子供学校出ちゃえば関係ないわけだし)。でも、当事者によって草の根分散型メディアを使って(表現が稚拙であっても)可視化されちゃうとこりゃあもう平均的な教員の能力じゃ手に負えないだろ。

 いじめとかの学校が抱える問題点ってのは結構な部分が構造的な問題だよなあと私は思っていて、その構造的な問題点が「学校裏サイト」というCGM的なもので容赦なく可視化されてしまう(しかもそこには学校コントロールが及びにくい)。でも、学校問題点を構造的なものだと認めたくない人、あるいは能力的にそれが見えない人は「学校裏サイトいじめの温床」とは言うけれども学校そのものが「いじめの温床」だという現実からは必死で目をそらし決して向き合おうとしない。

 「学校裏サイト規制してください!」「フィルタリングしましょう!」それで自分に都合の悪い面倒なものを見なくて済むようになればいいですね、交換日記禁止みたいな古い発想がいつまで通用するのかな?

 なんてことを思った。後でもうちょっと考える。

参考リンク

http://ameblo.jp/akiakatsuki/entry-10044284567.html

http://ameblo.jp/akiakatsuki/entry-10085575315.html

http://d.hatena.ne.jp/essa/20080405/p1

※2008/05/21追記:

 いじめの起こる構造的な原因

  • クラスにおいて他人に興味ない、という状態が許されにくいこと
  • 子供はみんな仲良く、という頭の悪い幻想。子供だって人間なんだから人の好き嫌いがあって当たり前なんだけど何故か子供には「みんな仲良く」を押しつけがち。気にくわないヤツとの付き合い方距離の取り方、という観点が教育する側にない(というかそういう観点が「悪いこと」とされている)
  • 「何かあるとクラス全体の連帯責任」という管理方法の問題点を教員が認識できない。そういう管理を自分がされているうちは問題を認識できているのに学校を出た途端忘れてしまう人があまりに多いという不思議

rainaraina2008/08/18 18:51>そういう管理を自分がされているうちは問題を認識できているのに学校を出た途端忘れてしまう人があまりに多いという不思議

気づいてみれば、私もそんな一人になっていたことに気付かされた。感謝。大学入ったばかりのころは、忘れてはいなくても、すでにどうでもよくなっていた。尾崎豊の『卒業』
http://jp.youtube.com/watch?v=xQxCEjhb8I0
に共感しつつも、行儀よくまじめにふるまっているだけの自分でした。(メリットはあるにせよ)精神上良くないよな、義務教育ってなんて思ってました。

chanbarachanbara2008/08/18 21:26学校を出れば当事者でなくなるので、どうでもよくなるのはまあそうだよね、と思うのですが、あまりにも簡単に今度はそういう「問題のある管理」を何の屈託もなくやってしまうのはなんなんだろうな、ということを思います。

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