chanbaraの断片 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2006 | 10 | 11 | 12 |
2007 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2008 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2009 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2010 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2011 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 09 | 11 | 12 |
2012 | 01 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 |
2013 | 02 | 05 | 08 | 11 | 12 |
2014 | 01 | 02 | 05 | 07 | 09 |
2015 | 02 |

2007-12-20

[][]「ウェブ時代をゆく」を読んで気になったこと 23:43 「ウェブ時代をゆく」を読んで気になったこと - chanbaraの断片 を含むブックマーク はてなブックマーク - 「ウェブ時代をゆく」を読んで気になったこと - chanbaraの断片 「ウェブ時代をゆく」を読んで気になったこと - chanbaraの断片 のブックマークコメント

ウェブ時代をゆく ─いかに働き、いかに学ぶか (ちくま新書)

ウェブ時代をゆく ─いかに働き、いかに学ぶか (ちくま新書)

 世界がこれからどんどん変わっていく。で、そんな世界でどう生きようか?ということを考えるための本である。なかなか読ませる本だったし、我が身を振り返っても、色々と考えるヒントをくれるいい本だと思った。で、そのことについては後で別エントリで書こうと思う。

 今回は、この本を読んで気になったことを書く。

 まず、この本はどんな人に向けて書かれた本か。

世界が豊かになりモノが溢れ、先進国の「中の下」あるいは「下の上」よりも上の生活から「生存の危機」が現実的に消えた。

 つまり、「生存の危機」が現実的に消えている人、あるいは当面は「生存の危機」が無い人向けの本なのである。この本を読むときはそれを認識しておいたほうがいい。

 梅田氏は、現在日本社会の中枢にいる人が想像力を欠いていることについて、

「大組織を離れる」イコール「路頭に迷う」「人生のレールを外れる」みたいな極端な表現をカジュアルに口にし、それがあたかも真実であるかのような錯覚を人々に与える。じっさい彼らの大半は「目の前にあるすべきことに情熱を注ぐこと」ができた人であり、そうでない人への想像力を欠いているのだ。「好きを貫いて生きていけるほど、世の中、甘いもんじゃない」という大人の言葉は、日本社会の中枢にいる人々の傾向と表裏一体をなすものである。

と述べている。ところが、梅田氏自身が別の部分での「想像力を欠いている」のだ。

「自助の精神」について語ると、それだけで日本では強い反発がある。「強者の論理」でいけないと言う人がいるのである。

社会をどうこうとか考える前に、現実問題として個がしたたかに生きのびられなければ何も始まらないのではないか

 社会の構造的に「自助の精神」でもどうにもならない人が目につくようになってきた。日々の糧を確保するのが精一杯で消耗しきってしまう人たちだ。そしてそういう人は今後もどんどん増え続ける、社会構造的に。「現実問題として個がしたたかに生きのび」るためには「社会をどうこう」しないとどうにもならない人たちがこれからどんどん出てくる。

 ただ、梅田氏がそういう方面での「想像力を欠いている」ことについて、私はあまり梅田氏を責める気はない(というか責めることはできない)。だってこの本は「生存の危機」が現実的に消えている人向けの本なのだから。

 また、「自助の精神」に対する反発についてだが、これは別に梅田氏の意見生き方そのものが反発を受けているわけではないと思う。ただ、梅田氏の意見は、例えば経団連のお偉方や人を使い捨てにして大儲けしている人材派遣会社社長とかにとって恣意的に利用し易いのだ。というかもしも自分がそういうお偉方の立場だったら、梅田氏の言う「自助の精神」を徹底的に利用するだろう。

 時代は確かに変わっている。「知の高速道路」を利用して「好きをつらぬく」という生き方がかなり多くの人にとって可能になってきた。だがもう一方では「自助の精神」以前の問題として「生存の危機」にさらされる人も増えていく。そこまで踏まえた上での「新時代の生き方」をどうするか、を考え体系づける言説が出てきてもいいと思う(既にあるかもしれない)。梅田氏はそういうことには興味を持たないだろうし、優先順位を割り振ることも自身のリソースをつぎ込むこともないだろうと思うので、そこは本のネタとして狙い所ではないだろうか。

生きさせろ! 難民化する若者たち

生きさせろ! 難民化する若者たち

若者を見殺しにする国 私を戦争に向かわせるものは何か

若者を見殺しにする国 私を戦争に向かわせるものは何か

フリーターズフリー〈Vol.01〉よわいのはどっちだ。

フリーターズフリー〈Vol.01〉よわいのはどっちだ。

2007-12-16

オールニートニッポン from 富山 23:47 オールニートニッポン from 富山 - chanbaraの断片 を含むブックマーク はてなブックマーク - オールニートニッポン from 富山 - chanbaraの断片 オールニートニッポン from 富山 - chanbaraの断片 のブックマークコメント

http://www.allneetnippon.jp/2007/10/in_1.html

 最近の若い人が元気がない主張する方法を知らない、という話があった。自己主張とわがままが混同されているとか、主張の仕方とか他人の主張の聞き方とか、そもそもそんなことは教育されない(そんなこと身につけられると教員が面倒だし)、というところがあるんだからそりゃそうなるよなあ、なんてことを思った。

 そもそも、学校での初等教育が善く身についた結果がその「主張する方法を知らない最近の若い人」であるわけで、大学とかで急にそんなこと言われても、言われる側は辛いと思うんだけどね。

 あと、昔は「協調性に欠ける」で、今は「空気読めよ」なのかなあと思った。

2007-12-15

[]P-Model時代の秋山勝彦さん 20:58 P-Model時代の秋山勝彦さん - chanbaraの断片 を含むブックマーク はてなブックマーク - P-Model時代の秋山勝彦さん - chanbaraの断片 P-Model時代の秋山勝彦さん - chanbaraの断片 のブックマークコメント

http://blogs.yahoo.co.jp/voxmarksix/10129919.html

解凍後のP-modelに参加してライブなどを演った後にアンケートなどを読んだりしたのだよ。

「平沢さん 素敵!コトブキ君 可愛い!ヤスチカさん カッコイイ!」・・・俺の事は?

秋山 要らな~い 中野さん カンバック横川さん カンバック!」・・・要らない って

「私は、左側しか視界に入れたくないのでもっと3人と離してください」・・・向かって左か?

そんなのばかりよ。

 秋山さんかわいそうです(´;ω;`) ブワッ

[]梅田望夫氏講演:後編 23:20 梅田望夫氏講演:後編 - chanbaraの断片 を含むブックマーク はてなブックマーク - 梅田望夫氏講演:後編 - chanbaraの断片 梅田望夫氏講演:後編 - chanbaraの断片 のブックマークコメント

http://japan.cnet.com/column/pers/story/0,2000055923,20361235-5,00.htm

面白いと思ったのは、中学2年生に向けて喋ったことについては、「楽観的すぎる」とか「ばかじゃないか」とか言われないんですよね。シニカルな大人も、子どもには夢を語ろうというコンセンサスがあるらしい。それは新しい発見でした。

 梅田さん意地が悪いな(笑)

2007-12-10

[]日本で生きにくさを感じている人へ 00:34 日本で生きにくさを感じている人へ - chanbaraの断片 を含むブックマーク はてなブックマーク - 日本で生きにくさを感じている人へ - chanbaraの断片 日本で生きにくさを感じている人へ - chanbaraの断片 のブックマークコメント

http://www.chikawatanabe.com/blog/2007/12/post-6.html

 日本で生きにくさを感じたときに厄介なのは、地理的な障壁(海)と言語学校で叩き込まれる日本社会常識かなあと思う。これらの障壁は日本国内のある種の人にとってはとても都合が良く、人材の流出をそれなりに防ぐことが出来る。その障壁の強度は、日本学校日本社会教育(笑)にかなり依存している。

 障壁を乗り越えられる人は苦労して、あるいはあっさりと乗り越えてしまう。頭の良さとか行動力とか生命力とか金の力とか育ちの良さとかで。ただまあそれは誰にでもできるわけではない。できるかできないかのボーダーライン上にいる人を日本国内に押しとどめる力は、冒頭で言ったような障壁だ。ボーダーライン上にいる人で、かつ日本で生きにくさを感じている人にとってこの障壁は自分を閉じこめる檻であり、外に出ようとする自分を引き戻そうとする悪魔の手だ。

 日本で生きにくさを感じている人、という意味で考えると、先日も話題にしたこの本

に通じるものがある。

 話は少しそれて、冒頭のエントリ渡辺さんの子供時代について書かれていたのでそこら辺の話。

 まあ人間は自分の嫌な記憶は忘れるから、子供時代に戻りたいって感情は出てくるだろうね。ちょっと冷静に考えてみるとそれってすげえ嫌だけどね、私も。自分の好きな人だけがいて自分にとって嫌なこと不快なことが一切無いなら戻ってもいいけど。

 私は偏見に毒されていて、小中学校の教員ってのは無能勘違い落ちこぼれがなる職業だと信じて疑わないという不治の病を患っている。私の過ごした小中学校時代を考えればそりゃ当然だろ、と今でも思っているのでなかなか深刻な病状である。

 私は「どうして教員ってこんなにバカなんだろ?」と思いながら義務教育期間の大半を過ごしたので、年齢を重ねるにつれて教員や学校社会に理解を示し寛容になっていく同じ小中学校に通っていたかつての問題児や、教員や学校の理不尽さに涙していたかつての同級生今は小学校の教員なんて人の話を聞くとなんとも言えない気分になる。

 学校で受けた教育がよく身についたいい子ちゃん、ってこういう人たちのことなんだなあと思う。昔は私のほうがいい子ちゃんだったんだけどなあ。

2007-12-01

洗練されたヘイトスピーチ08:43 洗練されたヘイトスピーチ考 - chanbaraの断片 を含むブックマーク はてなブックマーク - 洗練されたヘイトスピーチ考 - chanbaraの断片 洗練されたヘイトスピーチ考 - chanbaraの断片 のブックマークコメント

http://fragments.g.hatena.ne.jp/Tez/20070330/p1

気になるのはヘイトスピーチをする前の自己弁護の様式が洗練されたことです。この場合若い女性に対するそれですが、蔑視する前と後にリベラルそうな属性をアピールすることで、「誤解」の余地なく書いている人の侮蔑や、「電車の中でこのようなことを言っている人がいた」と書けるのに「若い女性が」と言わずにいられない認識のありようが明白に読者に示されます。

http://d.hatena.ne.jp/torly/20070327#1175013465

http://d.hatena.ne.jp/torly/20070328#1175103241

若い女は思考しないという珍説をぶちまける行為が孕む差別性の話でした。で、改めて差別の意志はないよ! と主張された所で余計レッテル問題の根深さを思い知らされるばかりである訳ですが

2006 | 10 | 11 | 12 |
2007 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2008 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2009 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2010 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2011 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 09 | 11 | 12 |
2012 | 01 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 |
2013 | 02 | 05 | 08 | 11 | 12 |
2014 | 01 | 02 | 05 | 07 | 09 |
2015 | 02 |