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2007-11-27

[][]学校に行かなくても死なない 22:57 学校に行かなくても死なない - chanbaraの断片 を含むブックマーク はてなブックマーク - 学校に行かなくても死なない - chanbaraの断片 学校に行かなくても死なない - chanbaraの断片 のブックマークコメント

 学校高校以前)に行かなくても死なないというのはその通りなんだけど、「学校に行かないようなヤツ」に対する視線というのがあって、例えば何の問題もなく大学の入学試験を通る能力大学卒業する能力があって実際そうやっても、「学校に行かないようなヤツ」に対するゲスな目線、あいつが転落したらここぞとばかりに騒いでやる、あいつは登校拒否児だったんだ引きこもりだったんだ、という目線というのはあって、そんなの気になんないよという人もいる一方でそういう目線にどこかでおびえている人もいるかもしれないなあ、なんてことをふと思った。

 これは「学校に行かない」に限らず、他にも色々なケースがある。あいつは変なヤツだったとかそういうのも含め。

(2007/11/28追記)

 上の文章は、この本を買って読む前に書いた文章です。

 で、さっき読み終わった。この本の中で、サラリーマン養成所のしての学校はもう時代にそぐわなくなっている、だけど人々の学校信仰は未だ根強く残っている、ということが書いてあった。

 まあ、そうだよなと思う。そして同時にメリットがあったりデメリットが特にないなら学校に行かない必要はない、とも書いてあった。結局そこらへんに落ち着くのかなと思う。まあ学校なんて自分のいいように利用すればいいんだし。

 今現在学校に通っている当事者が、こういうことを理解することが大事だとは思うけど、それやられると教員が困るだろうなw自分たちに都合の悪いことを知ってもらっちゃ困るし。平均的な教員の能力じゃそういうことを身につけた子供は手に負えないだろうし。

 せいぜい同業者同士のグチ話に花が咲くだけだな。

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