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2006-11-04教員は仕事をしている

[]いじめ存在するか 18:46 いじめは存在するか - chanbaraの断片 を含むブックマーク はてなブックマーク - いじめは存在するか - chanbaraの断片 いじめは存在するか - chanbaraの断片 のブックマークコメント

 たま学校いじめ問題がおきてたまに死人が出て、その度に学校側から「いじめ事実はなかった」という発表がなされて、まるで「社会主義国に失業者は存在しません」みたい物言いだなまあ気持ちはわかるよ「いじめがある」なんてことを認めちゃったらいらん仕事が増えるもんね面倒くさいもんね自分の評価下がっちゃうもんね実力主義成果主義、なんて心無いことを思っている人たちはまさかいないとは思うがもしかしたらいるかもしれない。教員はきちんと仕事をしているんですよ?

 たとえばある学校クラスいじめがあったとしよう。教員もそのことに薄々感づいているがまあほうっておいても面倒ごとにはならないかな、というレベルだ。ここで、いじめられている側がキレていじめている側に対して暴れだしたとしよう。ここではじめて問題は公式に認められる。「キレてクラスの和を乱す問題児がいます」。

 教員は、その暴れた子(いじめられている子)を注意して問題は万時解決。「キレて暴れる問題のある子を革命的指導によって更正させた。万歳!」そもそも何でこの子は暴れたんだろう?という疑問は存在しない。

 根本的には何も解決していないし問題が問題として認められてさえいないのだが、そんな些細なことは気にしてはいけない。まあただ暴れるだけじゃなくていじめっ子を殺しちゃうくらいのことをすれば問題にしないわけにはいかなくなるが、そうすると今度はいじめられっ子が全面的に悪いことになってしまうので注意が必要だ。「どうして人を殺してはいけないの?」という問いが大騒ぎをもって大人に迎えられる世の中だからね!自分は耐えられないほどのいじめを受けていたのにね。

 つまりいじめをするにしても仕返しをするにしても、表面に見えないようにやるというテクニックが必要になる。もし表沙汰全面問題化するのなら、極力「相手が悪い!自分は被害者!」という方向に持っていくことが大切だ。

 これは社会で生きていくために必須なことで、もちろん世界史なんかよりも大切なことだ。

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