2009-11-10
■ 「マンガ誌の作り方変えてみました。」を漫画家の言葉として捉えるのは間違っている説

しつこくコミックギアの話題。
最近、いろんな話を総合した結果、コミックギアの「マンガ誌の作り方変えてみました。」ってのは、金が稼げる漫画媒体(=単行本)の元となる作品をいかに大量・迅速・安価に蓄積できる「雑誌」を作るか、という試みと理解するべきだという考えに至った。
つまり、この言葉は出版社あるいは編集者が収益の効率を意識して発したものと捉えるべきであり、漫画家が作品の品質向上を意識して発したものとして捉えるべきではない、ということだ。
こう考えると、各作品の大量ページ掲載も、第三号からの隔月刊化も、単行本の元となるインクの乗った紙の束を大量・迅速・安価に作る方法として全く理にかなっている。事実、『スーパー俺様ラブストーリー』は第二号刊行後に単行本化される予定だ。
また、漫画家同士で相談し合って作品を作るのは、編集者の稼働を減らすためだと理解できる。「まんがタイム編集部では1人の編集者が30人の漫画家を担当する」という事実がきらら編集部でも通じるならば、コミックギアの担当たる篠原氏にも同じことが言えるはず。3か月(=刊行ペース、今後は2か月)の間、他の漫画家も見ながらコミックギアも見ることになるわけだが、果たしてどれだけ十分な稼働が取れるというのだろうか。
この背景には、もちろん昨今の出版不況がある。雑誌で回収できない赤を単行本で回収しなければならない旧来のモデルから脱却できない現状がある。しかしその中でも芳文社は2年連続で利益を伸ばしている(参考)。体力があるうちにコンテンツ生産の新しい方法論を実験し、確立しておきたい思いがあろう。例えコミックギアというコンテンツが失敗したとしても、方法論だけ他のコンテンツに平行移動させることはできるはずだ。
「売れる漫画媒体=単行本の刊行までにかかる人的・時間的・金銭的リソースを減らしたい」出版社と、「漫画家の漫画家による『マンガ誌』を実現したい、単行本を出す喜びを味わわせたい・味わいたい」制作陣の思惑が一致した。だからこそコミックギアは生まれたのだ。
要は「ギア作家wが芳文社のモルモット」みたいに言われてるのが気にいらねえんだろ?
「いいすぎじゃね?」「全体的に?」だけで誰に何を納得させれると思ってるんだお前?
甘イモさんはデータを元に自分なりに分析して具体的に分かりやすく説明しているのにさ…
せめて2chのコミックギアスレで面白い部分を住人に納得出来る説明が
出来るようになってから人様のブログに書き込めよボンクラw